十一ミス研推理録2 ~口無し~
 貫野が立てかけてある座イスを出して、十一朗に手渡す。このことから、刑事数人が和田から事情聴取をしていたことがわかった。
 貫野は軋んだ音を奏でるイスに腰掛けると、十一朗に構わずに話しはじめた。
「気分はどうだ? 傷の痛みも治まってきたはずだ。そろそろ普通の生活に戻りたい頃だろう」
 普通の生活に戻れる訳がない。和田は自称、殺人犯なのだ。
 それでも貫野が言ったのは、共犯のことをはやく教えろという遠回しのメッセージに違いない。問い掛けられた和田は、格子窓のほうを見た後、真っ直ぐに貫野を見た。
「私が全てやりました。それが真実です。普通の生活に戻ろうとは思いません。罪を償い、房を出ても粗末な生活をしていくつもりです」
 自信のある口調だった。問い掛けた貫野を真っ直ぐに見たのも、絶対に曲げないという気持ちの表れでもある。
 十一朗は居住まいを正した。金属の軋む音が病室内に響く。
「今回の事件について話せないのなら、代わりに十一年前の事件のことを話しませんか」
 十一朗の質問に、和田が目を見開いた。
 目の前にいる高校生は何者なのか。素性を知らない相手を前にした戸惑いだ。
「僕は刑事部長の息子の東海林十一朗といいます」
 更に和田の疑問に答えるように返す。これには貫野も目を見開いた。
 刑事部長と聞いたら、和田が警戒するのではないかと感じ取ったためだろう。
 本来なら言わなくてもいい情報だ。しかし言ったのには理由がある。冷静である和田を動揺させるためだった。
「刑事部長の息子さんが……何故?」
 自分は一連の殺人事件の犯人。和田はそう自分を位置づけていたはずだ。ところが予期せぬ事態が目の前にある。その答えが震えた声だった。
「貫野刑事、あの証拠を出してくれ」
 畳み掛けるように十一朗は貫野に頼んだモノを出させる。
 十一朗たちと謎の男であった和田を結びつけた、綾花の携帯番号が書かれた紙だった。
「それは……」
 和田ははじめて見たはずだ。そして、自分が持っていたことを知らなかった。知っていたら、万年筆のように投げ捨てていたはずだろう。
 そうでなければ、十一年前の傷を隠すために自殺する理由がなくなってしまう。
「あなたが自殺未遂をした時に所持していたものです。この紙から、八木和歌子さんの指紋だけが検出されました」
 貫野は紙を見せたと同時に、はっきりと告げた。和田の唇が震えた。誰が見てもわかるほど唾を勢いよく飲みこみ、顔面が蒼白になっていった。
 八木和歌子の指紋だけが検出された。和田は自分のポケットに入っている紙に気づかなかった。その理由を考えると、八木和歌子が和田の上着のポケットに無理やり押しこんだという結論に達してしまう。
 貫野が十一朗を見た。「次はどうするつもりだ?」言葉ではなく、目が問い掛けてきていた。
 間違った選択をしてしまうと、和田は再び口を閉ざしてしまうだろう。十一朗は慎重に言葉を選んで揺さぶりをかけようと決めた。
「娘さんの電話番号を書いた紙を、自分を付け回すストーカーまがいの男のポケットに入れる。そんなことは誰もしませんよね?」
「知らないそんなものは! 私がひとりでやったんだ。それでいいでしょう!」
 和田は吐き出すように叫んでから、両手を貫野に突き出した。
「私に、はやく手錠を掛けてくれ!」
 和田は声を張り上げて懇願した。何故、八木和歌子をここまで庇うのか。十一朗には全てが見えていた。
「僕は八木綾花さんと同じ、ミステリー研究部の部員です」
 和田の動きがとまる。予想通りの反応だった。
 押しこまれていた綾花の電話番号。そして、綾花の名前が刻みこまれたプレゼント用の万年筆。十一年前の事件と和田の妻子の死。命懸けで共犯ではないと言って守った綾花の母の存在。そこから導き出された答え。
 いつからか、和田にとって八木和歌子と八木綾花は妻子と同じくらいの存在になっていったのではないか。
「和田さん。十一年前の輸送車襲撃事件について、詳しく教えていただけませんか」
 十一朗が和田に言った時だった。靴音が病室内に響き渡る。
 目を向けると、そこに文目に連れてこられた八木和歌子。裕貴とワックスとともにきた綾花の姿があった。
 十一朗は貫野に頼んで、二人を呼んできてもらったのだ。
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