十一ミス研推理録2 ~口無し~
 綾花の瞼が赤くなっていた。車の中で母と言葉を交わしたのだろうか。唇を震わせて和田を凝視していた。
「私は父がどんなふうに亡くなったのか知りません。今まで事故だと聞いていました」
 綾花が頭をさげた。さげた途端に、涙の滴が零れて床に水玉模様を創作した。
「お願いです。事件のことを教えてください!」
 必死の懇願をする綾花に続いて、綾花の母も頭をさげた。二人の行動に十一朗たちよりも和田のほうが困惑していた。
「すみません。和田さん……この子に、あのことを話しました」
 綾花の母の話を聞いて、和田は小さな声で「そうですか」と言いながら息を吐いた。
 続けて十一朗と貫野を見て微かに笑った。
「お二人には負けました。わかりました。十一年前の事件のことも、いずれは話すことと考えていました。全てを話します。けれど全ては私が――」
 和田が言い掛けた言葉を十一朗は、掌を前に突き出してとめた。
 和田が言いたいことはわかっていた。「私がやりました」。それが今回の事件に繋がるのではないかという想像もついた。
「今は誰が犯人なのかという話はやめましょう。十一年前の事件は未だ解決していません。その事件を解決に導くことができるのは、口を閉ざした和田さん。あなただと思っています」
「そうですね。私が全て悪いのです。お話します」
 和田が目を閉じた。十一年前を思い出すため、記憶の歯車を巻き戻しているのだ。
 目を開けた和田の瞳には、先程までは見えなかった決意の光が差したような気がした。
「十一年前、私は輸送会社で運送者として働いていました。貴重品を運ぶ仕事なので、隣には必ず相棒がいたんです。その相棒が八木彰夫さんでした」
 和田と八木の関係がここで繋がった。いつも同乗していた仲間のため、二人は襲撃事件の被害者となったのだ。
「八木さんは私によく奥さんと子供さんの写真を見せてくれました。私の子供と年は、そんなに変わらなかった。彼が写真を見せてくれたのは、それが理由でしょう。けれど、互いの環境はまるで違った。私の妻は白血病患者でした。子供を産む直前にわかったので、抗がん剤治療はしませんでした。その時は、生まれた子供と骨髄移植が可能なら、妻は助かるという希望がまだあったんです。けれど型は一致せず、子供は難病をもって産まれた」
 社長が和田の子供について話したのを思い出した。治療費がかかると言っていた。
 残業をして治療費を稼ぐ和田と、元気で明るい妻子に支えられている八木。同じ仕事に就いていても、似たような家族構成でも二人の心の内はまるで違っていたのだ。
「それは医療費の助成がされていない病気でした。子供のために私はどうしても金が欲しかった。残業をして他の仕事にも就きました。しかし治療費が足りない。そんな時、升田が声をかけてきたんです。いい話があると」
 どこからか情報を見つけ出してきた升田が、和田に持ちかけた話。それが十一年前の事件に繋がるのだろう。
 綾花の母は唇を噛み、綾花は体を小刻みに震わせていた。升田という男が犯人だろうと、十一朗は綾花に告げている。それを思い出しているはずであった。
「升田は、自分が輸送車を襲撃する。その時にあんたを刺したら、保険金がおりるはずだと言いました。その代わり、輸送車の積み荷を盗ませろと……その話にのってしまった私が馬鹿でした。升田が暴力団組員だと知ったのは、その後です」
 輸送車襲撃事件の犯人は二人いた。主犯格は升田、共犯は和田。
 車載カメラが壊れていたのは和田がそうしたからだろう。まさに計画的犯行だったはずだ。同乗者の八木彰夫が殺されたこと以外は――。
「どの場所で荷をおろすのか、私は升田に伝えました。予定通り、襲撃場所で升田は刃物を出し、私を刺そうとしたんです。その時、予想もしないことが起きた。八木が……」
 和田の声が震えた。綾花の母は前以って伝えられていたのだろうか。ハンカチを取り出して顔を覆っていた。
「私を庇ったんです。お前は逃げろ。奥さんと子供のために! と言われました。その時、私ははじめて知りました。八木は私の妻と子が病気であるということを知っていたんです。けれど私はそれを知らないで、彼を羨ましく思い嫉妬していた。彼が事件に巻きこまれても構わないと思っていた。それが間違いだと気づいた時には既に遅かったんです……」
 聞いた綾花が両手で顔を覆って泣いた。綾花は言っていた。父との思い出は少ないと。それが和田の話を聞いて鮮明に蘇ってきたようだった。
 綾花の母は綾花を優しく抱き寄せた。それでも綾花の母の手も震えていた。 
 輸送車襲撃事件の全容が見えた。十一朗の推理が的中した。
 十一年前の輸送車襲撃事件の犯人は升田だった――。
 升田は邪魔をした八木彰夫を刺し殺した。同時に計画通りに和田も刺した。
 罪を犯しても殺人はしない。しかし綱渡りと仇名された男は、強盗殺人をしていたのだ。
 強盗殺人は無期懲役か死刑だ。捕まらなかったことで升田は綱から落ちずに渡り続けた。
 しかし、ここで疑問が生じる。何故、和田は事件の全容を今まで黙っていたのか。十一朗は疑問を和田にぶつけた。
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