優歌-gental song-

光-hope-




歌は好きだった。


『上手に歌えたね!』


そういって誉めてくれるのが、嬉しくて、嬉しくて。


その時の微笑みとか暖かい雰囲気だとか、今も忘れられない、心地良い思い出だ。


けれど暖かい優しいものほど、繊細で壊れやすくて。


ガシャンと音を立てて、いとも簡単に砕け散る。


両手で掬った砂のように、サラサラとこぼれ落ちる。




幸せは、あまりにも儚い。











キーンコーン__


放課後になるとざわざわとざわめきだす教室。


今日もいつもと同じ1日が終わりを告げた。


帰る支度をしていると、クラスメイトの1人がぼくを呼んだ。


「なぁ、千尋」


彼の名前は夏樹という。


快活で、明るくて、運動神経抜群で。


ぼくとは違う人種の人間だ。


「なに?」


そんな彼に名を呼ばれたことに驚きつつも返答した。


「お前、今日暇?よかったら一緒にカラオケ行かねぇ?」


ぼくは少しだけ間をおいて、「ありがたいけど、遠慮するよ」と言って立ち上がった。


「今日は用事があるんだ」


ごめんね、と夏樹君に謝ると、ぼくはそのまま教室を後にした。


教室の扉を閉めた後、立ち止まってため息を吐いた。



…カラオケなんて、冗談じゃない。


もう、人前で歌を歌うのは、やめたんだ。


1つため息をこぼすと家に向かって歩き出した。


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