擦り切れてしまった女性の場合

 深夜二時
 タクシーの運転手は、いつものように喋らない私に当て付けるかのようにラジオをかけ、私の住んでいるアパートの近くのコンビニを目指し、車を走らせている。
 ラジオからは深夜だというのに楽しそうにはしゃいでいる男の人の声。
 どこかで聞いたことある声だ。たしか、今売り出している最中の若手歌手だろうか、あまり定かではない。
 そして、その人は、夢について音楽を流しながら熱弁を振るっていた。
 俺は、昔とても苦しかった。
 でも、小さいことからコツコツと積み上げてきた。
 だから、今の歌手としての自分がある。
 とかなんとか。
 たしかこの男、私と歳がそう違わないはずだ。
 青臭くて目眩がする。
 そういうことは、どこかに穴でも掘って、一人で、誰も聞こえないところで言ってほしい。
 安定剤でも飲もうかと思ったが、お酒が抜けてないのか、気分が更に悪くなりそうなのでやめた。
 ラジオを切って下さい。そう一言言えば済む話なのだが、面倒なので我慢することにした。
 なるべくラジオの声を聞かないように、私は後部座席の窓から見える夜の街の景色を眺めていた。
 かといって、目を惹くようなものなど無く、時折過ぎる対向車のライトが、私の心の奥底を照らし出すかのように、私を一瞬だけ惨めにさせた。
 「早く着かないかな」
 嫌みと希望を込めて。
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