戦慄のクオリア
科学馬鹿のカルルにエスコートされ、更衣室を出たスカーレットはラ・モールのコックピットに入った。
コックピットは一人が漸く座れるだけの狭い所だった。眼前にはロボットの外が見えるように大きなモニターが広がっていた。其の下には方位が分かるようになっている。左右にはスティックがあり、方向転換やラ・モールの手足を動かせるようになっている。

<通信機の状態はどうだい?>

モニターにカルルの姿が表示される。
「問題ありません」

<りょーかい。では、ハッチ解放>

通信機を繋げたままカルルは自分の部下に命じる。ゆっくりと扉が開き、炎に焼かれる街が見えた。ラ・モールの近くでは、ラ・モールを守る為、ラ・モールの発進を阻害する為に戦っている人間と戦車が見えた。
「ラ・モール、発進します」

<武運を祈ってるよ>

カルルは通信を遮断した。
  スカーレットはレバーを引き、ラ・モールを発進させた。
  空に舞い上がる人型のロボットに敵も味方も一時、戦いを忘れて、魅入っていた。其処に希望と絶望、様々な想いを立場の違う者達が抱いて。

ヴァイナー歴五九八年 ロスロンの月 第三〇番目
世界で初めてラ・モールが出陣した日として後世に「聖なる日」と呼ばれるようになる。


 強力な兵器から国民と国を守る為に人間は更に強力な兵器を創造する。
勝つ為の戦いか、守る為の戦いか、生きる為の戦いか、何かを終わらせる為の戦いか。
或いは何かを始める為の戦いか。
戦う為の理由。其れを分かっていながら戦っている人間はいない。
なら、何故、私達は戦い続けるのか。
己にしか分からず、けれど、己にも分からない問を人々は己に、他人に投げかけ続けながら死地に赴く。まるで、其れが目的であるかのように。人々は血を流すのだ。
「もう、こんな時代は嫌だ」と、投げかけながら。其の手に武器を握る。
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