うちの嫁
実山に帰らせて頂きます


毛繕いというのですか、それは嫁が買って出てくれました。嫁はたいそう、わたくしの片方だけに生えた翼を気に入りまして、むげに引っ張ることも掴むこともせず、赤子をあやすように繕ってくれたのです。

家事には不向きですが時折、尋常でない集中力を見せることがあり、わたくしも成されるがまま、飛び立つ頃合いを窺っておりました。

少しくらい曇っていたほうがいいかと、天候のはっきりしない明後日に標準を絞ったのであります。

お庭に出まして、膝を曲げ、こう、なんていうんですか、頭の先から引っ張り上げられるようつま先立ちをします。

息を止めて力を入れますと、翼が開くのです。

片方なんですけどね。

左の翼に振動が伝わり、クレーンで引っ張り上げられるように、テレビで観たことがあります。ゲームがありましょう?お人形を釣り上げるゲーム。ああいったお人形はみな、死んだ目をしていますわね。

つま先が地面から離れたわたくしもきっと、そんな溺れ疲れた目をしているのでしょうか?

「ミッちゃん‼︎」

早苗さんが、私の腰に飛びついてくるではありませんか。

このまま地上の星になることもできましたが、さすがに牧江さんと和津ちゃんまで巻き添えにしてしまうのは後味が悪うございます。

おとなしく翼を畳みました。

「あなた、一体どこに行ってしまうつもりよ‼︎」

早苗さんはなぜか泣いています。

あとの2人も泣いてはないけれど、私を案じているようです。翼の生えた、染野美津子を。

ですので真摯に応えました。人差し指を天に向けるだけで通じるでしょう。私は、そこに行ってしまうつもりなのです。それなのに早苗さんは思いとどまらせようと泣き、泣けば泣くほど決意は固まるのになおも泣き、牧江さんは何か美味しいものを作ってくるからと片腹痛いことを言い出し、和津ちゃんは頷いているだけで意思はありません。

とにかく私は、私で無くなりたいし、私で有りたいのです。

あの嫁のように___。


< 20 / 24 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop