優しい歌 ※.。第二楽章 不定期亀更新
11.君の音色 ボクの音色 -瞳矢-
9月下旬。
まだまだ残暑が厳しい中、ボクはラジカットの4回目のクールの最終日。
明日からまた休薬期間に入る。
ラジカットを続けていても、ボクの体は又、少しずつ自由がきかなくなっていた。
ボクの右手は文字が書きにくくなっていた。
複写式の伝票は筆圧がなくてもう書けない。
第二関節も伸びきることが多くなった指は、
ボタンも思うように押せなくなっていた。
それでもボクにはまだ左手がある。
左手で紡ぐことができるメロディーがあって、
左手に希望を感じことができる。
何時かはその左手も動かなくなる日が来るのだとしても、
神様がくれた大切な時間だと思えた。
そんな風にボクに夢をくれたのは、
左手のピアニストとして活動している方が実際にいて、
ドキュメンタリー番組を見て感動した。
どんなことが些細なきっかけになって世界が広がっていくか、
わからない。
左手のピアニスト、泉奏多の世界に触れたから。
そんなボクの心の変化に気が付いてくれた、
西園寺先生は、泉奏多の演奏動画を貸してくれた。
その動画の中には、夢と希望が沢山詰まっていて、
ピアノが触れなくなって、暗闇を彷徨ってしまったボクと
思いが重なる部分も沢山あった。
両手で演奏していた世界的ピアニストだった泉奏多さんが、
半身麻痺によって右手が動かなくなって、それでも音楽を続けたくて苦戦してた時に、
家族がそっと背中を押してくれた「左手のための楽譜」の存在。
左手のピアニストとして活動をしたいと周囲の人に話したときに、
2本ある手が1本しかないんだから、半分の演奏なんだろうなんて心無い言葉を投げつけてきたそんな人たちを、
左手だけの演奏で感動させた。
そんな演奏が一時間以上の動画の中に、ぎっしりと詰まっていた。
あの頃のような演奏はボクには出来ない。
でも今のボクにしか演奏できない音色があることを、
泉さんが教えてくれたから……、ボクはゆっくりとピアノと向き合う。
ボクがALSを発症して、
ずっと頑張ってきたピアノコンクール出場の夢は途切れた。
だけどその夢を叶えて、穂乃香や浩樹は秋の本選に出場する。
二人は、ボクが告知されたあの頃から、
ボクの前でピアノの話は一切しなくなった。
ボクが問いかけても、
以前みたいに話が弾む形跡はない。
そして真人も……本人は無意識の間にしているんだと思いたい。
だけど……それも違う気がする。
真人が優しいから……プレイエルを奏でる時、
ボクの癖を吸収してショパンを奏でる。
それを指摘すると、真人を気づつけてしまいそうで
何も言えないでいるけど、
それは咲夜君が、一番危惧していたことで……。
少しずつボクの心の変化が前向きになるにつれて、
周囲との意識の乖離を感じるようになった。
「あっ、おかえり」
病院から帰ってきたボクと母さんを迎え入れてくれる姉ちゃん。
家の中には、真人が演奏しているらしい音色が広がっていた。
「ただいま。
プレイエルの傍に行くね」
「先に洗面所で手を洗って、着替えなさいよ。
制服、しわしわになっちゃうわよ」
そんな姉ちゃんの声を聞き流して、自分の部屋のドアを開く。
ピタっと音色がやんで、
真人が「おかえり」っとボクの方を見た。
「ごめん。勝手に楽譜見てた。
懐かしいなーって。
僕が使ってた楽譜は、震災でなくなっちゃったからさ」
そういう真人は少し目を伏せた。
「真人の楽譜とボクの楽譜。
まったく同じじゃないだろうけど、ボクが持ってるものはドンドンつかったらいいと思うし、
ボクも真人が新しく買った楽借りるからお互い様。
真人、ちょっと練習付き合ってよ」
ボクはそう声をかけて、真人が座るピアノの椅子を半分借りる形で、
左手で楽譜を広げて、そこにクリップを挟んで譜面縦においた。
「ツェルニー……だ」
「そっ。懐かしいでしょ。今のボクの課題は、左手だけでバイエルから順番にいままで演奏してきた曲を演奏すること。
なかなか難しいんだ。
ようやくツェルニーまで進んだんだけど、一緒に付き合ってよ」
そういうと、真人は楽譜へと視線を移す。
「なら、まずは真人に楽譜通りに演奏してもらおう」
そういうと、真人は軽く指を組んで運動した後、
その頁を曲を音符を追いかけて演奏する。
「あっ、やっぱり両手だと凄いねー。
メロディーに厚みがあるよね。
さて、じゃ今度はボクの番」
そんなことを口にしながら、向き合うのは目の前の楽譜。
動く左手を最大限に生かしてあげたいから、
左手の楽譜部分は勿論、時折、右手の楽譜からも音を抜き出して左手をワープさせて奏でる。
鍵盤の上をサーカスで飛び跳ねるように手を動かしながら奏でていくメロディー。
まだまだ粗削りだけど、
ボクが大好きな音楽への思いと、ピアノへのリスペクトは沢山詰まってるから。
そんな思いは沢山詰め込んで、音選びをして奏でていく。
「瞳矢、凄い凄い。
目を閉じてたら、左手だけで演奏してるように感じないよ。
だったら僕は、こうやって瞳矢の演奏を盛りあげようかなー」っと
即興で真人は音を重ね始める。
ボクの音色を邪魔しないように、
ボクの演奏を立てるように、スーっと入り込んでいく真人の音色は、
ボクをそっと包み込んでいく。
ツェルニーの練習曲を演奏していたはずなのに、
気が付いたら横道をそれて、まったく新しいオリジナルメロディーの即興へと
変化をとげていたメロディー。
心からワクワクさせてくれる真人との時間。
それは凄く楽しい時間なんだけど、
音がキラキラ輝いていないのは、
やっぱり真人らしさがどこかに消えてしまっているから。
ボクは真人の音色を心から楽しみたいんだけどなー。
ALSになって一度は絶望したボク。
だけどその絶望から、ボクは左手のピアニストと出会って世界が変わった。
だけどそんなボクの変化に、
咲夜君以外は気が付ない。
彼だけはどんな時も、ボクを憐れむことなく、
一人のピアニストとして真っすぐに向かってきてくれる。
それがボクには凄く嬉しい時間だった。
君の音色は君のものでしかなく、
ボクの音色も、ボクにしか奏でられないものだと気が付いて。
それがボクの願いではないことに……。
まだまだ残暑が厳しい中、ボクはラジカットの4回目のクールの最終日。
明日からまた休薬期間に入る。
ラジカットを続けていても、ボクの体は又、少しずつ自由がきかなくなっていた。
ボクの右手は文字が書きにくくなっていた。
複写式の伝票は筆圧がなくてもう書けない。
第二関節も伸びきることが多くなった指は、
ボタンも思うように押せなくなっていた。
それでもボクにはまだ左手がある。
左手で紡ぐことができるメロディーがあって、
左手に希望を感じことができる。
何時かはその左手も動かなくなる日が来るのだとしても、
神様がくれた大切な時間だと思えた。
そんな風にボクに夢をくれたのは、
左手のピアニストとして活動している方が実際にいて、
ドキュメンタリー番組を見て感動した。
どんなことが些細なきっかけになって世界が広がっていくか、
わからない。
左手のピアニスト、泉奏多の世界に触れたから。
そんなボクの心の変化に気が付いてくれた、
西園寺先生は、泉奏多の演奏動画を貸してくれた。
その動画の中には、夢と希望が沢山詰まっていて、
ピアノが触れなくなって、暗闇を彷徨ってしまったボクと
思いが重なる部分も沢山あった。
両手で演奏していた世界的ピアニストだった泉奏多さんが、
半身麻痺によって右手が動かなくなって、それでも音楽を続けたくて苦戦してた時に、
家族がそっと背中を押してくれた「左手のための楽譜」の存在。
左手のピアニストとして活動をしたいと周囲の人に話したときに、
2本ある手が1本しかないんだから、半分の演奏なんだろうなんて心無い言葉を投げつけてきたそんな人たちを、
左手だけの演奏で感動させた。
そんな演奏が一時間以上の動画の中に、ぎっしりと詰まっていた。
あの頃のような演奏はボクには出来ない。
でも今のボクにしか演奏できない音色があることを、
泉さんが教えてくれたから……、ボクはゆっくりとピアノと向き合う。
ボクがALSを発症して、
ずっと頑張ってきたピアノコンクール出場の夢は途切れた。
だけどその夢を叶えて、穂乃香や浩樹は秋の本選に出場する。
二人は、ボクが告知されたあの頃から、
ボクの前でピアノの話は一切しなくなった。
ボクが問いかけても、
以前みたいに話が弾む形跡はない。
そして真人も……本人は無意識の間にしているんだと思いたい。
だけど……それも違う気がする。
真人が優しいから……プレイエルを奏でる時、
ボクの癖を吸収してショパンを奏でる。
それを指摘すると、真人を気づつけてしまいそうで
何も言えないでいるけど、
それは咲夜君が、一番危惧していたことで……。
少しずつボクの心の変化が前向きになるにつれて、
周囲との意識の乖離を感じるようになった。
「あっ、おかえり」
病院から帰ってきたボクと母さんを迎え入れてくれる姉ちゃん。
家の中には、真人が演奏しているらしい音色が広がっていた。
「ただいま。
プレイエルの傍に行くね」
「先に洗面所で手を洗って、着替えなさいよ。
制服、しわしわになっちゃうわよ」
そんな姉ちゃんの声を聞き流して、自分の部屋のドアを開く。
ピタっと音色がやんで、
真人が「おかえり」っとボクの方を見た。
「ごめん。勝手に楽譜見てた。
懐かしいなーって。
僕が使ってた楽譜は、震災でなくなっちゃったからさ」
そういう真人は少し目を伏せた。
「真人の楽譜とボクの楽譜。
まったく同じじゃないだろうけど、ボクが持ってるものはドンドンつかったらいいと思うし、
ボクも真人が新しく買った楽借りるからお互い様。
真人、ちょっと練習付き合ってよ」
ボクはそう声をかけて、真人が座るピアノの椅子を半分借りる形で、
左手で楽譜を広げて、そこにクリップを挟んで譜面縦においた。
「ツェルニー……だ」
「そっ。懐かしいでしょ。今のボクの課題は、左手だけでバイエルから順番にいままで演奏してきた曲を演奏すること。
なかなか難しいんだ。
ようやくツェルニーまで進んだんだけど、一緒に付き合ってよ」
そういうと、真人は楽譜へと視線を移す。
「なら、まずは真人に楽譜通りに演奏してもらおう」
そういうと、真人は軽く指を組んで運動した後、
その頁を曲を音符を追いかけて演奏する。
「あっ、やっぱり両手だと凄いねー。
メロディーに厚みがあるよね。
さて、じゃ今度はボクの番」
そんなことを口にしながら、向き合うのは目の前の楽譜。
動く左手を最大限に生かしてあげたいから、
左手の楽譜部分は勿論、時折、右手の楽譜からも音を抜き出して左手をワープさせて奏でる。
鍵盤の上をサーカスで飛び跳ねるように手を動かしながら奏でていくメロディー。
まだまだ粗削りだけど、
ボクが大好きな音楽への思いと、ピアノへのリスペクトは沢山詰まってるから。
そんな思いは沢山詰め込んで、音選びをして奏でていく。
「瞳矢、凄い凄い。
目を閉じてたら、左手だけで演奏してるように感じないよ。
だったら僕は、こうやって瞳矢の演奏を盛りあげようかなー」っと
即興で真人は音を重ね始める。
ボクの音色を邪魔しないように、
ボクの演奏を立てるように、スーっと入り込んでいく真人の音色は、
ボクをそっと包み込んでいく。
ツェルニーの練習曲を演奏していたはずなのに、
気が付いたら横道をそれて、まったく新しいオリジナルメロディーの即興へと
変化をとげていたメロディー。
心からワクワクさせてくれる真人との時間。
それは凄く楽しい時間なんだけど、
音がキラキラ輝いていないのは、
やっぱり真人らしさがどこかに消えてしまっているから。
ボクは真人の音色を心から楽しみたいんだけどなー。
ALSになって一度は絶望したボク。
だけどその絶望から、ボクは左手のピアニストと出会って世界が変わった。
だけどそんなボクの変化に、
咲夜君以外は気が付ない。
彼だけはどんな時も、ボクを憐れむことなく、
一人のピアニストとして真っすぐに向かってきてくれる。
それがボクには凄く嬉しい時間だった。
君の音色は君のものでしかなく、
ボクの音色も、ボクにしか奏でられないものだと気が付いて。
それがボクの願いではないことに……。