笑顔の裏側に
そうしてすっかりいつものようにこなし、英語の長文読解を始めて少し経った時だった。

いきなり後ろから抱き締められる。

「ッ!!」

手から力が抜け、カタンとシャーペンが床に落ちた音がした。

「隣にいないからどこへ行ったのかと思った。」

「ごめんなさい。早くに目が覚めて…。」

そう言えばますます抱き締める力が強くなった。

そんな先生に不安を感じて、後ろを振り向こうとするけれど、しっかり腕が回されていて身動きが取れない。

「先生?」

「お願いだから、どこにも行かないで。俺のそばから勝手にいなくならないで。」

今にも消え入りそうな声で囁かれた言葉がさらに不安を煽った。

「大丈夫ですよ?私は先生のずっとそばにいますから。」

私は自分の両手を先生の手に重ねて言葉を選びながら話す。

すると力に入った腕が少し和らいだ気がした。

「なんかごめん。変なこと言って。忘れて。」

そう言う先生の顔を下から見上げれば、その表情は不安に溢れ、瞳は悲しみに満ちていた。

「先生…」

思わず呟いた声をかき消すように、ワザと先生は明るい声を出す。

「さあ、朝ごはんにしよう!何にもないから買いに行こうか?とりあえず着替えてくるな。」

そして逃げるようにリビングを出て言ってしまう。

何だろう。

この、奥深くから迫ってくる、不安感。

何とも言い難い、焦燥感。

嫌な胸騒ぎ。

だけど先生はこの正体を私に探られたくはないんだろう。

無理やり話題を逸らしたり、明るく振舞ったりするのが明らかな証拠である。

誰にだって言いたくないことはある。

私がそうであるように。

だから無理やり聞き出すようなことはしたくない。

少し様子を見てみようかなと思い、私も勉強道具を片付け始めた。
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