坂道では自転車を降りて
 大野多恵は畳に手をついて一度躯を起こしたが、首も腕もだらりとたらして苦しそうに息を吐いた。そのまままた畳にうつぶせに倒れそうになる。俺は、座布団で彼女に枕を作って寝かせてやった。

 彼女はシャツのボタンを一つ外し、息を吐いた。苦しそうに胸元を掴む手、少し開いた口元、紅く染まった頬、閉じた目。見てはいけないものを見たようで、思わず目を反らし、また盗み見てしまう。くるんと長い睫毛、流れる髪、半開きの口から漏れる苦しそうな息づかい。俺の呼吸まで荒くなる。

 清水先輩は立ち上がると、部員達に向かいそつなく挨拶をした。さすが看板女優。堂に入ったものだ。川村が裏から花を持ってきて、清水先輩に渡す。笑顔で受け取る先輩は、本当に優雅で綺麗だ。皆が見とれた。美人なのに、性格はさっぱりしていて男前な彼女には、男女問わずファンがついていた。拍手が起こる。二人は、礼をして座った。川村は次の花束を用意しに去って行った。
 花束贈呈役は、指名制らしい。清水先輩、川村と仲良かったのか。俺には誰からも指名はかからなかった。こんな目つきの悪い後輩から花束を貰いたい先輩などいないのも道理だ。

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