坂道では自転車を降りて
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 売れ筋の本を安く読めるかと思って古本屋でバイトを始めたのだが、これがかなりの肉体労働だった。本が重いのは知っていたが、整理には手間がかかるし、力も要る。売れ筋を残して古いものは処分する。これも結構な量で、最初は驚いた。最近は夜のシフトに入っている。レジよりも店の掃除やら在庫整理やら、肉体労働の割合が増すが、その分、時給は良い。

 買い取られた本やソフトの棚出しをしていた時だった。後ろに客が立ったので、「いらっしゃいませ」と言おうとしたら、「神井」と声をかけられた。川村だった。
「。。。いらっしゃいませ。」
なんと言ってよいか分からず、間抜けとも嫌みともとれる言葉が出た。
「元気?お前、エプロン似合わねぇな。」
川村は社交辞令だとわかる笑顔で笑った。
「ああ。」
俺は視線を本に戻した。心を覗き込まれるような視線に耐えられなかったからだ。
「さっき、交差点で見かけて。お前も気付いた?」
「いや、ああ。」
 俺は作業を続けながら、曖昧に答えた。確信はなかった。人違いだと思いたかった。だが、やはり川村だったのか。助手席もおそらく。でなければ俺がここにいることなど知る筈も無い。

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