甘い恋の賞味期限
*****

「なぁ、親父。ホットケーキ作ってくれよ」

 そう言ったのは、5歳の息子・千紘。手には子ども用のスマホが握られており、映し出しているのは美味しそうなホットケーキ。ネクタイを締める手を止め、間宮 史朗はスマホの画面を凝視する。
 これを作れと? 今? 会社に出勤しようとする自分が?

「静子さんに頼みなさい」

「ちっげーよ! かせーふが作ったのじゃなくてーー」

 息子の反論を聞き流しながら、史朗は玄関へと向かう。
 今日は父親に話があると言われているし、朝から憂鬱なのだ。ホットケーキなんて気分じゃない。
 そもそも、自分はまともにキッチンに立ったことなどないのだ。ホットケーキを作れるはずもない。

「じゃあ、行ってくる。1時間後には静子さんが来るから、その時にホットケーキを頼みなさい。いいな?」

「…………」

「いいな? 千紘」

「親父なんて嫌いだ! 母ちゃんなら、きっと作ってくれるはず!」

 怒りを父親へ向け、千紘はスマホを投げつける。

「危ないだろ、千紘っ。千紘! まったく……」

 本当に、生意気な息子だ。スマホを拾い上げ、画面を見つめる。
 何故急に、ホットケーキなんて言い出したのだろう?

「っと、遅れるな。千紘! 行ってくるぞ」

 予想していたが、返事は返ってこない。
 まぁ、日頃からお見送りなんてしない子だ。スマホを投げつけたのも初めてじゃない。
 その証拠に、最新の子ども用スマホなのに、傷がつきまくっている。

「……はぁ。母親の顔なんて、知らないだろうに」

 史朗はため息を漏らすと、スマホを玄関に置いておく。
 どうせ、後で取りに来るのだ。息子の癇癪には慣れている。
 だから、気にも留めていなかった。千紘がどんな気持ちで、ホットケーキを作ってくれと言ったのかを。


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