甘い恋の賞味期限
戸惑いのキャンディはレモン味
*****

 その日は、仕事を早めに切り上げた。母親による、半ば強制的とも言える命令のためだ。一旦マンションに帰って、千紘も連れて来た。
 以前会った、見合い相手と再び会うために。

「この子が、千紘くんなんですね。はじめまして、私は和音、って言います」

「…………」

 千紘は返事もせず、そっぽを向いている。安定の不機嫌さだ。

「すみません。お腹空いてて、ちょっと機嫌悪いのかもしれません」

「そうなんですか? じゃあ、早速料理を持って来てもらいましょう」

 和音は笑顔で、店員を呼ぶ。見合いした帝国ホテル内にあるレストランで、見合い相手と食事をしている。
 あの時と同じで、乗り気ではないが。

「千紘くん、好きな食べ物とかある?」

「……千世の作ったもん」

「え? ごめんね、よく聞こえなかった」

 小さくボソッと漏らしたため、和音の耳には届かなかった。
 だが史朗としては、聞こえなくてよかったと思っている。見合い相手の前で、別の女性の名前を出すことは、良くない。
 そのぐらい、乗り気ではない史朗にだって分かっているから。

「えっと……猪寺さんは子ども好き、ですか?」

「はい。保育士になりたいと思っていた時期もありました」

 じゃあ、なんで保育士にならずに親戚の会社で働いているんだろう?

「間宮さんは、今まで再婚なさらなかったんですね。その……やはり、前の奥様がーー」

「彼女には一切の未練がありません」

 即答する史朗の顔は、感情が全く無かった。
 それが逆に怖くて、和音は思わず黙ってしまう。

「オレ、トイレ」

「ひとりで行けるか?」

「ん」

< 42 / 105 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop