アクシペクトラム
2.お荷物のご用命は俺をっ

居酒屋にて

そんな事があった週末、私は中学からの友人の谷山真希を誘って近所の居酒屋に来ていた。
「あっはっは、まさかカオリがその手の道具を買うとはねー。しかもそれを見られるなんて」
真希がビール片手にお腹を押さえて笑う。
「もうっ、だからあれは参考のためだってば!」
「そうだろうけど、きっとその二人には完璧に誤解されたね。あー…笑い過ぎて涙出た」
頭を押さえる私をよそに、真希は濡れた目元を指で拭う。
「それにしても、そのイケメン二人を見てみたかったなー。確かにあの宅配屋さんって顔のレベル高いからね」
「そうなんだけど…、あぁ…記憶から抹消しよう…」
「向こうはバッチリ覚えてたりして」
運ばれてきただし巻き卵に箸をつけながら真希が言う。
「まさか、佐藤なんてどこにでもある名前だよ」
思わぬことで“通販で買ったアレ”を見られたあの日から明日で1週間。
最初の3日間くらいは、会社でも一人暮らしの部屋でも、誰かに知られているんじゃないかとビクビクしていたが、
社内の人は特に今まで通りだし、同じアパートの人たちもいたって普通だったので、私はすっかり安心した。
「そういえばカオリって、珍しい名字の人と結婚したいとか言ってなかった?なんだっけ、その龍宮さんって人いいじゃん。名刺もらったんでしょ?」
真希の言葉に私はため息をつく。
「そりゃ、私がもっと若かったら、電話でもメールでもして会うと思うけど…もうノリだけで進める歳じゃないからね」
「若かったらって…例えばあの大学生たちみたいな?」
真希が視線を店の奥に向ける。
そこには、大学生らしき男2人、女3人がわいわい騒ぎながら飲んでいた。
「合コンかぁ、若者は積極的でいいじゃないか。カオリも見習ったら?」
「はいはい、今はお話を書いてるだけでいいの。さてと、帰って続き書かなきゃ」
不満げな顔をする真希を置いてお会計に立つ。
「待ってよ、あたしも払うって」
「今日はいいよ、話聞いてもらったしさ」
真希を振り返りながらお店の戸に手を掛けた時―…
なぜかそれが勢いよく開き、入ってきた人の胸に顔がぶつかる。
「っ!」
その衝撃に私の体がよろめき、とっさに大きな手で両肩を支えられる。
「っすいません!…って、あれ?サトーさん?」
若い男の人の声がして、私はぶつかった鼻を押さえて見上げる。
この声って…
「もしかして忘れちゃった?」
あの時と変わらない端整な顔が目の前に迫る。
店に入って来たのは、ついさっき記憶から抹消したはずのあの配達員だった。
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