なつの色、きみの声。
◇
昨夜のことが頭から離れず、注意が散漫としていたせいかこの日のバイトは散々だった。
皿とグラスを落として割るし、片付けようとして指を切る始末。
平日でお客さんが少ないこともあり、店長の計らいで時間よりも早く上がることになった。
帰り道を歩く足取りが重い。
ちらっと前を見ると、青信号の前で大宮くんが立ち止まっていた。
慌てて駆け足で追いつく頃には、信号が赤に変わる。
田上さんが、わたしをひとりで帰らせるのはだめだと言って、大宮くんも一緒に退勤させられた。
店を出てすぐに謝ったけれど、いたたまれなくてもう一度謝罪を口にすると、大きなため息が聞こえた。
「何があったんだよ」
「……大宮くん、そんなこと聞くの」
一瞬驚きが勝って、小さく呟くと、大宮くんは不満げに眉を寄せた。
「何考えてるのか知らねえけど、今日みたいなのは迷惑」
呆れと、心配と、少しの怒りを含んだ言葉たちの中の『迷惑』という一言を都合悪く拾い上げてしまう。
それと同時に、言葉はきつくても大宮くんなりの気遣いでもあると思うと、脆い心に追い打ちをかける。
「話すなら聞くし、話さないなら帰る」
「は、話す。話したい」
「うん、わかった」
言い淀んだら、大宮くんは勝手に後者と受け取ってしまうと思ったから。
青信号を渡って、帰路を逸れると近くの公園に入っていく。
その後を追いかけて、ベンチに隣合って座る。
大宮くんは話しやすいように聞き出したりはしてくれないし、たぶん、できない。
わたしが大宮くんのことをほとんど知らないように、わたしも大宮くんに自分のことを多くは話していない。
「わたしの家、母子家庭なんだけど」
「知ってる」
「……話したことあったね。それで、昨日」
今でこそ沈黙を気まずいと感じることはないけれど、一緒に帰り始めたころは何か話さないとと思っていて、当たり障りのないことはいくつか話した記憶がある。
大宮くんの家は父子家庭なのだと、バイト先の誰かが話しているのをたまたま聞いて、勝手に知っているのは悪い気がした。
「昨日……」
勢いのまま話し始めて、すぐに言葉が出てこなくなる。
結局のところ、自分がどうしたいのかもわかっていない。
昨日の動揺がまだ収まっていないというのが正直なところだった。
「おばあちゃんとおじいちゃんが遠くに住んでいて、あ、遠いといっても県内なんだけど、もうずっと会ってなかった」
大宮くんが小さく頷くのを横目に見て、すうっと息を吸う。
「昨日、お母さんに聞いたの。そしたら、おばあちゃんは亡くなってた。2年も前に。わたし、そんなこと、知らなかった」
「母さんはいつ知ったんだ」
「わからない。でも、手紙の消印は2年前だった。昨日より前に、読んでいたんだと思う」
一度は隠した手前、言い出せなかったのかもしれない。
元よりわたしに教える気がなかった可能性だってある。
隠されていたことは、つらくて。
おばあちゃんがもういないことも、悲しくて。
わたしが昨日聞かなかったら、今日も知らないままだったことが、恐ろしくて。
「お母さんのこと、ひどいって思うのも、嫌で」
事情があることは理解できても、どんな事情でも納得できないと思う。