ボロスとピヨのてんわやな日常
×月○日(晴れ)午前七時

 暖かい朝の日差しに感謝するかのように、頭の上の電線ではスズメたちが騒いでいる。
 あの黒犬の件を解決した俺は、また日常生活へと戻りはじめていた。
 思いがけずカモたちと深い交友関係もできて、あの後、お礼に魚を大量に釣って渡したところ、困ったことがあったら、いつでも協力してくれるとの頼もしい言葉をもらった。
 帰ってきたのは日が落ちた頃。まず、街に戻ってきてしたことは、縄張りの確認だ。前にも言ったように、野良猫である俺たちは食糧確保が第一。食糧を得る縄張りが侵されれば、死活問題になりかねない。
 留守にしたのは一週間ちかく。新参者や縄張りの範囲を広げた奴に餌場を取られていないかと心配したが、それは杞憂だったらしく。
 翌日には、学校で愛奈のタマゴ焼きも無事に食べることができたし。なによりも、いじめで友達と疎遠になっていた愛奈に、親友ができていたのが嬉しかったのだけど。
 魚屋の親父も、俺たちが荷台に乗っていたと気づいてなかったようだ。ただ、荷台に置いていた魚が、帰り際に何匹かなくなったとぼやいてはいたのだけど。
 とにもかくにも、あれからは問題が起きることもなく、平穏無事な日々を過ごしていた。
 俺はというと、長い間留守にしていたこともあり、佐藤宅でしばらく寝泊りをしていた。
 というのも、西田家は虎ノ介がいるので、長旅で疲れた俺は天然っぷり爆発気味の奴の相手をするのが億劫で嫌だったのである。
 その俺の胸中を読み取ったのか、戻ってきて早々、千代丸は街を一人で見に行きますと言って、出掛けていった。とはいえ、俺の縄張りは知っているから、戻ってくるだろう。
 親父はというと、ここ数日間、静かにしていて姿が見えない。黒犬の霊の件もあって、感じるところがあったのかもしれない。
 そういうわけで、今、俺と一緒にいるのはピヨだけである。
 ピヨは俺の前でうたた寝中だ。空気を吸うと小鳥の匂いがしてくる。ああ、おなかすいてきたな。朝飯は鳥そぼろご飯が食いたい。
 と、思った瞬間。俺の額に「ドスズプリ」という妙な音がした。
「うぎゃああっ、久々にやられた。この擬音語はありえなくないかー。ないでしょ!」
 ピヨはというと、「まだ食べるのを諦めてなかったのか」というように、溜め息を吐く。
 どうやら、妄想がすぎて、現実でも大口開けてピヨに迫っていたらしい。
「くそう……今日のところは許してやる。けどなピヨ。この俺さまが本気になったら凄いんだぞ。怖いんだぞ。そこ、わかっておくように」
「ピヨピー……」
 ピヨから応えは返ってきたものの、もの言いたげな半目で俺を見る。いつも通りの感情が読めない瞳なんだけど。そういえば、こんな感じも久しぶりだ。ここ最近は、親父がピヨ語を翻訳してくれていたから、不自由してなかったんだよな。
「あー、ピヨのドスズプリで完全に目が覚めた。そろそろ出掛けるとするか」
 佐藤宅の婆さんがそろそろ俺たちに気づきそうなので、出掛けることにする。その時だ。
「ボロス……ちょっと、俺の話を聞いてくれないか」
 垣根の下から顔を出し、俺たちの様子をずっと見ていた者の存在に気づいた。話しかけてきたのは親友のカギだ。
 そういえばこの前、カギは隣町の境にいたなと思い出す。何の用事であの場にいたのか、あの時は聞くことができなかったが、どうやら自分一人で解決できない悩みがあるらしい。
 しかし、カギほど頭が回る奴を俺は知らない。そんなカギの相談を俺が聞いてやることができるのだろうか。
「いいけど……俺が聞いてやれるようなことなのか? さすがに、お前ほどのアイデアはひらめかないと思うぞ」
「アイデアというか……解決策はいいんだ。ただ、お前に悩みを聞いてほしくて」
 カギが特徴的なカギ尾を動かしながら、ぼそぼそと聞き取りにくい小さな声で言う。
「この前、隣町の境で会ったろ。あの時、俺はある子に会いに行ってたんだ」
「用事って、誰かと会うことだったのか。けど隣町にはクロがいるから、もし見つかったら、縄張り荒らしだと思われて厄介なことになるぞ」
 そう、隣町にはあのクロとヤミ、スミの三匹がいる。奴らは他の猫よりも縄張り意識が強いので、縄張りに入ったと知られたら、ただではすまない。
 あいつらは平気で、こちらの縄張りに入ってくるのにな。自己中心的な奴らである。
 と、思ってから気づいた。今、カギは「ある子」と言わなかったか? オスに会いに行くのなら、「ある子」という主語は違和感がある。もしかして――。
「俺、付き合いはじめた子がいるんだ。ハナちゃんっていう、三毛猫の子。誕生日は丁度、俺と一か月違いなんだ。大雨の日に雷が怖くて慌てて逃げてきたみたいなんだけど、途中で道に迷っちゃったみたいで。それで俺が隣町まで案内したんだよ」
 あのカギに、あのカギに、女ができただとう。こいつ、人見知り度激しい癖に、なにやっちゃってんの。なんで頬を染めながら語ってんの。いや、断じて嫉妬しているわけじゃないぞ。あまりにも意外なことで驚いているだけで。
「けど、ハナちゃん。先日、クロにアプローチされたって……ボロス。俺はどうしたらいいだろう」
 あまりにも唐突に、カギの恋のライバルが誰なのか、俺は伝えられたのだった。
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