ボロスとピヨのてんわやな日常
 クロに話しかけられたカギは、呼吸さえも忘れたかのように動かないでいた。
 頭が回るカギのことだ。もしかしたら、この危機を如何に回避するのか考えているのかもしれない。と、思ったら、助けを求めるような目で俺を見た。ということは、想定してなかったってことか。
 親友の大ピンチだ。しかし、ここで俺が飛び出していって、どうなるというのだろうか。
 俺の推測上、返り討ちならまだいいほうで。下手なことをすると、カギの恋に終止符が打たれる可能性が高いと感じた。
 つまり、カギは打開策すら考えつかない、情けない男とハナに思われてしまうのではないかという懸念である。そう、頼りないオスはメスに愛想を尽かされる可能性が高いのだ。
 ここはお前の勇気の見せ所だぞ。と心の中で全力で応援しつつ、目を逸らす。
 カギ、わかってくれ。冷たいように見えるが、これはお前を本当に思ってのことなんだ。
 唯一の救いは、ヤミやスミがいないことだろう。さすがに色恋沙汰なので、クロは単独行動をしているようである。
「ピヨッピッピピッヨヨッピ」
「何を言っているのかは知らないけど、助けにはいかないぞ。ここで俺が飛び出していったら、カギの覚悟どころか、ハナという子の気持ちを確認しようがないからな」
「ピヨー……」
 ピヨが俺を疑いの目というか、目を細くして俺を見つめる。
 じゃあ、カギくんの覚悟やハナさんの気持ちを確認できたら助けに行くのですかね。と言っているような目だ。
 一度逸らした視線をもとに戻してみると、望まずにクロとカギの争いに付き合わされることとなったハナも困惑した表情を浮かべている。こうやって見ていると、ハナという子が、複数の男を誘惑しているように見えて可哀そうに思えるのだが。
「ハナ。今日は君にマタタビを持ってきたんだ。俺からの気持ちだ。受け取ってくれ」
 いつもとは違うクロを見て、俺は背筋に寒気を覚えた。一瞬、バラの背景が見えたのですが。クロの瞳の中に星が輝いていたように見えたのですが。
 ああ、これが、ハナが困ってカギに相談したクロのアプローチなんだなと予想がついた。
「気持ちは嬉しいけど、ごめんなさい。マタタビはご主人さまから、たくさん貰っているから、いらないの。だから、クロさんが楽しんで」
「そうかー。じゃあ、仕方がないな。今度はマタタビに代わるもっと良い物を持ってくるよ。欲しいものなら何でも言ってくれ。君が見たこともない場所に行けるのが、この街のボスをやっている俺の強みだ。俺を信頼している子分どももいるし、変な男がついたり、嫌な想いをした時だって、そいつを懲らしめることだってできるんだからな」
 クロはあからさまに自分の権力をアピールした。しかも、口ごもって動けなくなってしまったカギを横眼で睨みつけながら。そう、クロはカギを変な男だと遠回しに皮肉り、自分のほうが男として誇れる奴だと猛アピールしたのである。
 カギにもあんな積極性が少しはあればいいと思う。けれど、カギの良いところは、仲間をそっと支える優しさであり、争いを好まない平和主義者であると俺は知っている。だからこそカギは、積極的にアピールすることがないのだ。
 ハナちゃんがカギに相談した理由が何となくわかってきた。ハナはカギにはっきりと好きだと言ってほしいのである。そして、ハナもカギを好きだと言いたいのだ。そうすれば、クロは諦める。そんな淡い希望を持ちながら、ハナはクロから距離をおいているのだろう。
「あー、イライラするな。カギの奴、女心を理解しろよ。クロは無視して告白しちまえ」
「ピヨーピッピヨピッピー」
 賛成という相槌なのか、それをカギに直接言えばいいのにという不平なのかわからない。
 ただ、ピヨも納得していない状態ではあるらしい。
「えっと……ごめん。邪魔なようなら、僕は帰ることにするよ。それじゃあ、また今度」
 部外者の俺達が積極的な決断を期待する中、カギは消極的な判断をすると決めたらしい。
 ここで逃げたら、ただでさえ調子にのっているクロが、更に傲慢になっていくぞ。と、思ったところで、ハナが迫るクロをかわすかのように一歩前に出た。
「カギさん。待って! 明日、また来てくれるわよね? 私、待ってるから」
 思いもしなかったハナの言葉。これに驚いたのはカギ。そして、苛立ちの表情に変化したのはクロだ。これは、一触即発があるぞと思いきや、クロは深い息を吐いていた。
「そうだな。俺も子分どもが待っているだろうし、帰るとするか。カギくん。帰る方角が同じだから途中まで一緒に帰ろうか」
 クロが意味深な笑みを浮かべながら、カギの肩を叩く。せっかくのハナのフォローも、クロ相手には逆効果だったのだ。
「私も一緒に……」とハナが言いかけたところで、俺は失態を犯していた。ハナと目が合ってしまったのだ。
 やばい。と思った時にはハナの視線が俺に釘づけとなる。冷静にクロに受け答えするハナを見て、俺は確信していた。彼女は頭が良いし、勘も鋭い。きっと、俺がカギとどのような関係で、何故、ここにいるのか理解したことだろう。
 それを証拠に、クロとカギが一緒に帰って行くのを見送ったハナが、慌てた様子で俺のほうに駆け寄ってくる。俺はクロとカギをつけようと思ったが、足をとめるしかなかった。
「カギさんのお友達ですよね。お願いです。あなたたちの街のボスである美姫さまに、このことをお伝えいただけないでしょうか。私の名前を言っていただけたらわかると思うので、よろしくお願いします」
 そういえば、聞いたことがある。俺たちの街のボスは美姫という、特にメス猫たちに絶対の信頼を得ている家猫だと。しかし、その姿を見たのは少数であり、大の男嫌いだと聞いたこともある。
 思いもしない展開に、俺は緊張して息を呑みこむしかなかった。
< 41 / 61 >

この作品をシェア

pagetop