ボロスとピヨのてんわやな日常
 今の状況を把握できていないので、まずは冷静に整理することにしよう。
 目の前にいるのは、虎ノ介とクロたちと黒いヒナ。その黒いヒナがダークマと名乗り、ピヨを指差しながら宿敵ウィルと言っている。剣を取れと言ったのは、妄想癖でもあるのか? 「この世界で」というのも謎だ。まるで今まで違う世界にいたようにも聞こえる。
 というか、冷静になって考えても意味がわからないじゃん。いきなり湧いて出てきて、何なんだ。この黒いヒナは? と思ったら、重大なことに気づいた。
「えっ、あれっ? 俺、ヒナの言葉が聞き取れてる!」
「ピヨピッピヨピピヨーッピッ」
「あっ、違った。そう思ったけど、ピヨの言葉は聞き取れない」
 ということは、あの黒ヒナが猫語も話せるということか。妙な発言をするくせに、頭はいい奴なんだな。
「フフフッ……このダークマ様は貴様ら下等生物とは出来が違うからな。全ての動物の言葉が理解できるのだ」
 黒ヒナは偉そうに胸を反らしながら得意気に鼻をならす。こいつのこういった行動、ピヨに似ているな。
「えっと、俺たちが下等生物なのかという話は置いといて。ダークマって何? ウィルって誰のこと? 剣を取れと言われても、俺たちは丸腰なんだけど」
「ダークマだけではなく、様とつけろ! ウィルはそこの奴に決まっているだろう。丸腰だと? そいつには、体内の魔力から生みだす聖剣があるだろう」
 訊いても、理解不能な答えしか返ってこないんだけど。こいつ、頭大丈夫なのか? 何か、質問するのも面倒になってきた。
「ピヨ、そう言ってるけど、知り合いなら相手してやれよ」
「ピヨーピヨヨッピ」
 じっと黒ヒナを見たピヨが首を傾げる。翻訳されなくてもわかったし。ピヨ、あいつのこと知らないんじゃん。
「ウィル! 貴様、このダークマ様を忘れたというのか!」
「ピヨッピッピピッ」
 首を縦に二回振ったし。これ、ピヨは嘘をついてないな。
「よかろう。では、今から恐怖とともに思い出させてやろう。いけ、我が使い魔よ!」
 黒ヒナ――いや、ダークマがそう言うと、虎ノ介が年齢相応とは思えない勢いで、突然、向かってきた。
 虎ノ介の奴、裏切って俺たちの敵になったのか? 泥棒にもソフトジャーキーで買収されかけていたし。そう思って突っ込んでくる虎ノ介を見てみると、目が潤んでいた。
「さっきから、体がいうことを利かないんだ。ヒヨコくん逃げて! ボロスもついでに逃げて!」
 ついでにって、なんだ。ついでにって!
 どうやら虎ノ介はダークマに操られているらしい。となると攻撃はできない。かといって、このまま虎ノ介の突進を受けたら大怪我をするのは目に見えている。
 俺は激突直前で横に避けていた。クロの突撃をカギが回避したのと同じように。
場数を踏んだり、そういった騒ぎを見て覚えていたら、咄嗟に体も反応するらしい。
 しかし、ピヨは更に違っていた。激突直前に真上に跳び、すれ違いざま虎ノ介の額に「サクッ」の必殺技を決めたのだ。そのまま前方宙返りをしたピヨは、奇麗に着地して素敵なテレマーク姿勢を決める。
「おいいっ! 虎ノ介は操られていたんだぞ。それなのに、なんてことするんだ!」
 ピヨのサクッは必殺の一撃。あのクロを改心したかのような詩人にしてしまった技だ。これをもし、年寄りの虎ノ介が受けたら――。
「痛いぃっ! あっ、けど体が動く」
 しかし、俺の予想と反して、虎ノ介は額を抑えながら思いがけないことを口にした。
「ほほう……さすが我が宿敵というところか。記憶を失っても、神聖攻撃のホーリースラッシュは体で覚えているらしい」
 またダークマが意味不明なことを言う。俺が妙な顔をしていると、ダークマは悟ったのだろう。不敵な笑みを見せながら、
「ホーリースラッシュは攻撃対象を傷つけず邪心のみを切り取る技だ。こいつは、このダークマ様の使い魔にホーリースラッシュをし、パーティーメンバーにしたこともあるのだ」
 多分であろう丁寧な説明をしてくれた。
 いや、だって本当に意味がわからないんだぞ。あちらさんは、説明してやったぞという感じだけど。使い魔って何? パーティーメンバーって何? どこかで使う専門用語なの? 知らない俺がおかしいの?
「やはり下等生物には理解できないようだな」
 ダークマが得意気に言うが、俺がおかしいのではなく、ダークマがおかしいんだと思う。  だって、虎ノ介も口を開けっ放しにしながら唖然としているから。
「そして、聞いて驚くなよ。我は、この世界で純粋な邪心に染まる者を見つけたのだ。それがこのクロたちだ。クロよ、ウィルを倒すのに協力してくれるな?」
「ああ、あのヒヨコを倒してくれるのなら、俺は他の奴をあんたに近づけさせない。それにあんたの魔力とやらのお蔭で力が漲ってくるようだからな。任せろ」
 目的が同じなら深いことは詮索しないということか。それに、今日のクロ一行は雰囲気が違う。何というか自信に満ちているのはいつもそうなんだけど、目がいつもよりギラギラとしているような。
「ボロス、先日はよくもやってくれたな! お返しはさせてもらうぞ」
 先日はって? よくわからないので考えてみる。最後にクロと会ったのは、カギとハナちゃんとの恋愛騒動の時だ。その時、クロはピヨにサクッをやられて気絶したような。あれ? そういえば、どうやってクロは元に戻ったんだ?
「あああっ!」
 そこでようやく思い出した。ハクジャの薬の影響で見たと思った夢、あれは夢じゃなかったのか。確かに、詩を詠むクロの後頭部に強烈な猫パンチ突っこみを入れた覚えはある。そう考えると、ハクジャの薬のドーピング効果って恐ろしい。
「いや、あれはね……俺、薬を飲んでいて、どうかしていたんだよ。いや、忘れてくれとは言わないけどさ。取り敢えず、争うのはやめようか」
 俺がそう言う間に、クロの顔がみるみるうちに鬼のように変化していく。
 やばい。これ逆に火に油だ。謝ればいいの? いや、クロに謝っても良い状態になった試しがないんだけど。
「貴様に俺の気持ちがわかるか。餌場で恥をかかされ、メスへのアピールを邪魔され、これではボスの面目が丸潰れだ」
「いや、餌場のことはそちらの縄張り荒らしがもとじゃん。ハナちゃんもお前を好きじゃなかったそうだし、はっきりいうと陰湿なストーカーの逆恨みじゃん」
「御託を並べるな!」
 今の俺、御託言ったか? 本当のことをはっきり言っただけだと思うんだけど。と、言おうとしたら、クロは殺意を覚える形相で襲いかかってきた。
 もう駄目だ。そう思った時だった。大きな影が俺とクロの間に割りこんでくる。俺は即座に誰だかわからなかったが、顔を合わせたクロはわかったようで、急ブレーキをかける。
「また、くだらないことをやっているのかい。尤も今回の主謀者は違う奴みたいだけどね」
 俺と比べると倍近くある体躯。黄金色の長毛は、まさに女帝というに相応しい。
 俺の目の前には三帝王の一匹の美姫がいて。電柱の陰に隠れてこちらを見ているハクジャも見えて。親父は飛んできて、俺の後ろにしっかりとついていた。
「やはり現れたか。勇者一行が……どこまでいっても、このダークマ様の邪魔をしおって」
 ダークマもクロと同じように、殺意をもって俺たちを睨みつけてくる。
 けど、勇者一行って?
 俺が不思議に思って皆を見ると、電柱に隠れていたハクジャが、
「そこからはわしが説明しようか、魔王ダークマくん」
 更に俺が理解できないことを語りはじめたのだった。
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