ボロスとピヨのてんわやな日常
 いつも歩く道のりが、やけに遠く感じる。背中のピヨもいつもより重く感じた。
 自分から言い出さなければ、ピヨ出生の秘密は放っておくことができた。けれど、何故か出来なかった。それは、俺自身が一番知りたかったからということなのかもしれない。
「いや、違うな。鳥小屋にいこうと思った本当の理由は……」
 自分の本心がわからない。混在する複雑な心境がある。ピヨはそれを感じ取ったのか、乗り出して俺の顔を覗き見た。様子見のように額をつついてくるが、痛みを感じるほどではない。
 鳥小屋に近づけば近づくほど足取りが重くなる。胃もキリキリと痛みだした。
「あの時は、ただ美味い物が食べたいと思って盗んだんだよなあ。今なら、どんなに空腹でも盗まないだろうな。もっと美味しく飯が食べられることを知ったから」
 おそらく、俺が鳥小屋に行こうと思ったのは、タマゴを盗んだ罪の意識からなのだろう。俺はピヨの母親に謝って清算したいのだ。ただ、それを認めるのが嫌な俺は、ピヨ出生の秘密を知りたいなどと言い訳をしている。
 角を曲がると鳥小屋が見えてきた。
「ピーヨピッピピッピヨヨッピッ」
 その時だ。突然、ピヨが俺の頭から飛び降りて、鳥小屋に向かって駆けだした。そして、小屋の手前で足をとめると俺を見ながら飛び跳ねる。
 えっと、このピヨの心理は、どう解釈したらいいんだ? 親に会うのが嬉しいのか? それとも出生の秘密がわかることが嬉しいのか?
 ピヨは、そんな俺の考えを知ってか知らずか、先に鳥小屋の中に入ってしまった。
「ちょっ! 俺にも心の準備ってものが!」
 あの初志貫徹精神の、どSヒヨコめ。俺が確かに悪いんだけどもさ。悪いんだけども。もうすこし労わってくれはしないだろうか。こうなったら、どS対策で放置プレイをしてやろうか。と思ったが、無駄な抵抗だと思ってやめることにした。
 ピヨを追って、鳥小屋にある隙間に頭を入れる。途端に、ニワトリの騒々しい奇声が上がった。頭が入れば体も入れることができるのが俺たち猫だ。苦戦しながらも何とか中に入る。しかし、俺が中に入ったのを見るなり、ニワトリたちは急に鳴くのをやめた。
 不思議に思っていると、ピヨが「説明しときましたから」というように親指を立てる。
「いや、説明してくれるのはありがたいんだけど、俺、鳥語を理解できないことに気づいたわ。このニワトリさんたちも猫語は話せないよな。誰か通訳できる動物いる?」
「そうなると私の出番ね。タマゴのことがわかるのなら、喜んで協力するわよ」
 女性の声にハッとして見てみると、隙間から入ってきたカラスが見えた。先程、虎ノ介のところにいたカラスに間違いないだろう。しかし、驚きなのは、
「猫語、話せたのか」
 流暢に俺たち猫の言葉を話せることだった。
「さっきはあなたのお父さんが翻訳してくれたから、私の翻訳は必要ないと思ったのよ。こう見えても、カラスは頭がいいのよ。だから今度の翻訳は私に任せて」
「ピヨッピピ」
 ピヨがカラスの奥さまに敬礼する。お願いしますのジェスチャーだと思うんだけど、俺にはよくわからないのでここはスルーだ。
 カラスが翻訳できると聞いて、ニワトリたちは「コケコケコ」と次々と鳴きはじめた。
「輝くタマゴのことなんだけど、親ははじめからいないそうよ。気づいたらここにあったって。そして、タマゴから生まれたヒナは、オスだったらすぐに処分されるみたいね。タマゴ用のニワトリは食用にはむかないそうだから」
「えええっ!」
 あまりの衝撃に俺は声をあげてしまう。
 親がいないってどういうことだ? それに処分って? ピヨにはもとから安心して生きる場所がなかったということじゃないか。
「タマゴは食用だから。ニワトリも食用だし。それがニワトリとして生まれた運命なのよ」
 カラスの奥さまは、ニワトリたちに聞こえないよう俺に耳打ちする。もちろん、ピヨにも聞こえないように耳打ちしてくれたのだが、ピヨはただじっとニワトリたちを見ていた。
「ある意味、猫さんが彼を拾ったのも運命だったのかもしれないわね」
「運命って。俺はただタマゴを盗みに鳥小屋に入っただけで……そんなにカッコいいことじゃないんだけど」
「猫さんが、それを痛いほど理解しているってわかっているから、あのヒヨコさんは信頼してくれているんじゃないかしら」
 緊張が一気に途切れて、その場に座りこむ。
 あのピヨが、そこまで俺のことを考えてくれているのだろうか。ただの、チートな初志貫徹精神ありの、どSなヒヨコさんにしか見えないんだけど。
「そうなると、そろそろ俺もピヨから恩を返してほしいんだけどなあ」
 俺がそう言うと、カラスの奥さまは微かに笑った。
「ヒヨコの恩返しとか? あのヒヨコさんの親がはじめからいないということは、私が温めていた輝くタマゴも私のタマゴじゃないかもしれないわね」
「そうか、そういうことになるのか。せっかく温めていたのに残念だったな……」
「悲観はしてないわ。タマゴからヒナが生まれないこともあるし、嵐でタマゴが巣ごと落ちてしまうこともあるから。元気な子が生まれて、立派に育ってくれるだけで私は幸せ」
 鳥族も厳しい環境で生きているんだなと思う。こんな単純なことも、ピヨと出会わなかったら、考えることすらなかったのだろう。
「けど、黒いタマゴは捜さないとな。どうやら俺が知っている猫が持っているみたいだし、それに輝く黒いタマゴから、どんな奴が生まれてきたのかも気になる」
「ピヨヨッピヨヨッピピ」
 すかさずピヨが答えるが、俺にはわからないので翻訳役のカラスの奥さまに視線を送る。
「僕も気になる。それに胸騒ぎもすると言っているわ」
 ピヨも同じように輝くタマゴから生まれたモノのことが気になっているようだ。
「輝くタマゴなんて、この世界には存在しえない物だからな。ピヨの仲間ってことも考えられるし」
「ピヨッピピヨッピー」
 ピヨが俺に話を続けたが、あからさまにカラスの奥さまが困った顔をした。
「駄目よ。それが摂理だもの。あなたはそうしたいだろうけど、ここにいるニワトリを助けることはできないわ」
 なるほど、そういうことか。おそらくピヨは仲間であるニワトリたちを救いたいと言ったのだろう。けれど、一匹のニワトリを救えば、全世界のニワトリやタマゴを救わなければいけないことになる。そうでなければ、道理が合わないからだ。
 そして、ニワトリを食べて命を繋いでいるものも多い。ピヨが思っている救いは、客観的に見たら、主観の偽善でしかないのだ。
「そう、我が宿敵ウィルよ。貴様の救いは所詮、偽善でしかないのだ! 今度こそは、この世界で、その偽善に染まる心を叩き壊してくれよう。さあ、剣をとれ! そして、このダークマ様と、ここで勝敗を決するのだ」
 突然、鳥小屋に意味不明なセリフが響き渡る。
 何事かと声の主を見てみると、そこには虎ノ介とクロ一行。そして、ピヨにそっくりな黒い姿のヒナがいたのだった。
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