Uncontrolled(アンコントロールド)
プロローグ
眼下にはふっくらとした薄紅の蕾が広がっている。人々は、あと数日で綻び始めるそれに吸い寄せられて足を止め、見上げた先の淡雪のような儚さを愛おしみ、潔さに恋をする。

懐かしい夢を見ている。

岩崎星名(イワサキ セナ)は、夢を見ながらそう思った。この夢を見るときは、いつも決まってこの始まり方をする。

彼、日向航平(ヒナタ コウヘイ)を最後に目にしたのは7年前だというのに、当時の姿を今も鮮明に覚えている。もう何度も夢の中で繰り返し再生していてもその残像はすり減ったりはしない。

けれども、この夢に出てくるのはそれより4年前まで遡る、まだ学生服を着ていた18歳の頃の彼で、その頃から大人びてはいたものの、少しのあどけなさと爽やかな少年らしい風貌を残している。

校庭は膨らみ始めた早咲き桜の蕾で淡いピンク色に色付いている。生徒達の新しい門出を祝うべく、例年であればこの時期満開のはずのそれはまるで引き留めたい誰かがいるかのように、まだ春の訪れを許してはいない。
卒業証書が入った黒色の筒を片手に記念撮影をしたり、別れを惜しむように抱擁を交わし合う卒業生達の姿を、星名は一人空き教室の窓から時折覗き込んでは待ち人の訪れを待っていた。

もう何度も通い続けた今は使われていない準備室。少し埃くさいそこは授業をさぼるのに打ってつけだったが、進学校に通う生徒達には不必要な場所の為、この部屋の存在を知っているのはごく限られた一部の生徒だけだ。歴代の卒業生から代々受け継がれてきた合い鍵を持っている者が大きな権限を持ち、この部屋を自由に使ってきた。

星名は半年以上この教室に通っていたが、それも今日でお終いとなる。鍵の所有者である航平がこの学び舎を卒業するから。

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