Uncontrolled(アンコントロールド)
航平は小さく息を吐くと、彼女が肩まで伸ばした艶やかな栗色の髪を撫でる。思わずびくりと身体を震わせた星名は、躊躇うように手を引いた彼の腕に抱きつく。

「違うの。先輩の手が思ってたより大きくて温かったから吃驚しただけ」

何度か指先が触れたことがあった程度、戯れに子供だましのキスを一度だけ航平からされたことがある位で、これまでちゃんと手を繋いだこともなかった。二人の関係が普通の恋人とは違うという理由もあったが、星名が緊張のあまり上手に身体を開くことができず過去に一度失敗しているという事の方が大きかった。それからずっと、航平は星名のことを大切にしてきた。

星名の瞳を探るように覗き込んでくる航平に、彼女は自分から唇を近付けた。


「――きれいに泣くんだな、おまえ」






**
どこか遠くの方から聞こえてくるアラーム。だんだんとその音が近付いてくるにつれ、胸騒ぎのように動悸が激しくなっていく。今日もあっという間に朝がやってきたのだと、星名はベッドの頭元で鳴り響くスマホを操作してアラームを止める。5分置きにセットされたそれがあと4回鳴り出したら起きて出勤の支度を始める時間だ。

定期的に繰り返し見ている夢の内容は、大体いつも同じ。まだ花開くまえの早咲き桜。卒業生達に埋め尽くされた騒がしい校庭。埃っぽい準備室。推理小説。その当時大好きだった2コ上の先輩。

この夢を見た朝は、目が覚める直前のぼんやりと覚醒してくる意識の中で、甘い切なさの余韻に一頻り耽る。けれども、成就せずに終わった恋だからなのか、まるで深層心理ではまだ未練があるとでも言わんばかりにリピートされる思い出にうんざりしてしまうのも事実だった。これまでずっと航平に操を立てて恋人を作らなかった訳ではない。彼が卒業して半年が過ぎた頃には、通っていた塾で知り合った他校の男子生徒と付き合い始めた。所詮、思春期の移ろいやすい感情の下での恋愛など、おままごとのようなものだ。

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