やさしい眩暈
―――でもね、リヒト。


あなたは覚えてないんでしょう?



このマフラーは、三年前に私があげたものだってこと。



私はあの日、初めての給料の半分近くを注ぎこんで、リヒトに見合う高級で上質なマフラーを買ったのだ。



『そのマフラー、お前にやるから』



あなたにとってこれは………私が献上した贈り物は、そんなにも簡単に手放せる程度のものなんだ。


たやすく誰かに下げ渡せるものなんだ。




そんなこと、分かっている。



分かっているのに、リヒトの薄情さが悲しい。


分かっているのに、リヒトの優しさは嬉しい。



ひどい男。


残酷で、冷たくて、悪魔みたいな男。



でも、悪魔が時に見せる優しさは、あまりにも甘美なのだ。




「………さむい」



マンションのエントランスを出ると、冷たい風が容赦なく吹きつけてくる。


マフラーを巻かれた首の周りは温かいけれど、薄手のコートしか纏っていない身体は、一瞬にして芯まで冷えきった。



寒さに震える身体を抱きしめて、私は早足で駅に向かう。



あと何度、こうやって真夜中のこの道を一人で歩くことになるんだろう。


そんなことをふと考えて、馬鹿らしさに笑った。




帰ったら、すぐにお風呂に入ろう。


たっぷり張ったお湯にゆっくり浸かって、せめて身体だけでも思いきり温まりたい。




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