傍にいて欲しいのは
高原の風
 帰って来て本当に良かった。生まれ育った町は、やっぱりあったかい。

 父の友人が経営するホテルでの仕事にも少しずつ慣れて、今は接客が楽しい。仕事を終えて寮に帰ると珍しく父から携帯に電話。次の休みには帰って来るよう言われた。お休みには言われなくても帰るのに……。

 そして四日後。朝を少しゆっくり過ごして車で家に向かった。家に着いたのは、お昼少し前。 母が一人で忙しく食事の支度をしていた。

「おかえり。ほらほら手伝って」

「はいはい」
 せっかくのお休みだというのに人使い荒いんだから。よく見ると茶碗が一つ多い。
「ねぇ、これ誰の?」

「あぁ、五日前から農場を手伝ってくれてる人のよ」

「へぇ、物好きな人も居るわよね。 何もこんな田舎に来なくても……」

「今、夏休みで卒論のために手伝ってくれてるの。四月からS大大学院で、農作物の品種改良とかを研究する人みたいよ」

 その時、お昼の休憩に帰って来た父たちの車の音が聞こえた。

「ほら、お腹を空かせて帰って来たわよ」

「おかえりなさい」

「おっ、帰ってたか」

「お父さんが帰って来いって言ったのよ。忘れた?」

「ハハハ。あぁ、紹介しよう。今、農場を手伝ってくれてる諏訪君だ」

 父の後ろに立っていた青年を見て……。
「えっ? 未来也さん?」

「えっ? あぁ、樋口農場って……そうだったのか」

「何だ、お前たち知ってたのか?」と兄。

「僕がバイトしてた喫茶店のお客さんだったんです」

「何で家で働いてるの? 建築の勉強してなかった?」

「建築?」

「だってマスターが、アフリカで井戸を掘ったり学校を造ったりって……」

「あぁ、マスターはアフリカっていうと井戸とか学校だと思ってるから。俺は農学部で暑さや寒さに強い農作物の勉強をしていたんだ。アフリカでは農作物の作り方を現地の人達に教えていた」

「そうなの。知らなかった」

「さぁさぁ、立ち話もなんだから食事にしましょう」と母。

 その日のお昼は、父と母、兄と私、そして未来也さん。とても賑やかに話も弾んで。未来也さんの笑顔も久しぶり。

「さぁ、じゃあ行くか。莉奈、晩ご飯、楽しみにしてるぞ」と父。

「うん。任しといて。いってらっしゃい。気を付けてね」

「いってきます」と未来也さん。

 外に出て、みんなを見送って、そのまま八月のやさしい高原の風に吹かれていた。


 また会えるなんて思わなかった。もう生涯会えなくても不思議ではないのに。

 運命? なのかどうかは分からないけれど……。

 でも私の心の中に、さわやかな風が吹いたのは確かだった。



      ~~ 完 ~~


< 13 / 13 >

ひとこと感想を投票しよう!

あなたはこの作品を・・・

と評価しました。
すべての感想数:19

この作品の感想を3つまで選択できます。

この作家の他の作品

見知らぬ愛人

総文字数/10,416

恋愛(純愛)9ページ

表紙を見る
表紙を見る
涙の涸れる日

総文字数/100,000

恋愛(純愛)152ページ

表紙を見る

この作品を見ている人にオススメ

読み込み中…

この作品をシェア

pagetop