有害なる独身貴族


「そういえば、数家さんって、片倉さんのこと名前で呼びませんよね」


長い付き合いなんだろうに、いつも店長って呼んでる。
仲道さんとか馬場さんとか、古株さんはみんな、“橙次さん”って呼んだり、呼び捨てにしたりしてるのに。


「光流は誰のこともそうだよ。従業員の中で名前で呼ばれてるやつなんかいないだろ」


そう言われてみればそうかな。
一番の古株なのに、いつも一定のラインを超えてこない人ではある。


「でも刈谷さんのことは呼び捨てでしたね。二人で話している時、すごくいい雰囲気でした」

「あー、なんか力抜けてる感じだよな。あれ見ちゃうと、似合いなんだろうなぁって認めるしか無いよな」


そんな風にしばらく数家さんの話で盛り上がっているうちに洗い物が終わり、話題は自然に私の家族の方になっていった。


「……ところでお前、ばあさん死んだって言ってたけど、一緒に住んでたっていうじいさんはどうしたんだ?」


どこまで話せばいいだろう。
言い淀んでいたら、何かを察したように「ここまで来たら全部話せよ」と言われてしまった。

その話は彼を傷つけるかも知れないと思ったけれど、私は全てありのままに話すことにした。

彼の言いなりであることを良しとして生きてきたんだから、これからも言われたとおりにしよう。


転職のいざこざで揉めたこと、それをきっかけにおばあちゃんが死んだこと、それによって生まれたおじいちゃんとの確執。

話している間中、片倉さんは痛ましい顔で私を見つめていた。

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