有害なる独身貴族
その時だ。
不意に拍手が鳴った。

後ろを振り向くと、そこには黒っぽい色のスーツを着た男の人が立って私を見ていた。
背中に夕日をしょっていて、顔はよく見えない。

でもこの人、変だ。
こっちは自殺しようとしてたのに、見てるだけの挙句に拍手って普通じゃない。


「な、なんですか。誰?」

「いやいや。よく辞めたなと思って。死にたかったんじゃないのかい?」

「そう思うなら止めないの? 大人でしょ?」

「止める資格なんてないしねぇ」


男が一歩近づいた。
太陽が完全に背中に隠れて、顔がはっきりしてくる。

先に向かってスッと細くなる眉。彫りが深いのか、目は暗くあまりよく見えない。
全体的に面長で、ドラマに出てくるような男の人に似ていると思った。

ただ、表情は不自然だった。口元を曲げて無理矢理に作られた笑顔。
それはむしろ、反対の効果しか生み出さない。

まるで泣き出しそうに見える。


変だ、この人。
お近づきになりたくない。


先ほどとは別の恐怖に、私は息を飲んだ。
近所にいる詮索好きのおばさんとも、子供嫌いの癖に私を産んだ母親とも違う種類の、だけどとても変な人間だ。


おしりを地面にこすり付けるようにして後ずさる。
ずり、という擦れた感触。

心臓が早鐘を打つ。

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