有害なる独身貴族


「……おい、大丈夫か?」


ぼーっとしてしまったらしい。
気がついたら、店長の手が私の目の前で振られていた。


「え?」

「ぼけっとして、大丈夫かよ。風邪酷いのか」

「大丈夫です。ほら、もう咳も出ないし」

「あんま無理すんなよ。なんなら事務所で休んでてもいいぞ」

「そしたら仕事にならないじゃないですか。今日は掃除要員ですもん。サボるわけにいかないです」


夜の部の前に店をピカピカにするのだ。
これ以上無駄に心配されないように、鍋の残りをかっこんで、手を合わせてごちそうさまをする。


「美味しかったです」

「はいよ。……あ、そうだ。昨日ラタテュイユ作ったんだよ。余ったの冷蔵してるから、お前持って帰らない?」

「いいんですか?」

「昼の賄いにしようと思ってて忘れてた」


そっか。でも今日は体調的にラタテュイユよりはこっちのメニューで良かった。
お腹がポカポカ温まって、体が楽になってきた気がする。


「夏のメニュー、これでいくから。光流に試食会の段取りするように伝えておくから、つぐみも手伝ってやって」

「はい」

「……ところで、光流のことは吹っ切れそう?」


二人きりの気軽さなのか、店長が身を乗り出してくる。
“店長”の顔が、一緒にでかけた時の“片倉さん”の顔になった。


その、ニヤニヤした顔やめてくれませんか。
自分の空回り具合が強調されるようで気分が滅入る。

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