有害なる独身貴族


「房野、大丈夫か?」


心配そうに数家さんが覗き込んでくる。

ただの立ちくらみだろう。よくあることだし、ちょっと休めば平気なはず。

でもなんか、口が上手く回ってくれない。


「だいじょ……ぶ、です」


やっとのことでそれだけ告げるのと同時に、厨房から人が出てきた。


「つぐみ?」


店長の声だ。吸った息が、怒号になって向かってくる。


「ば、何やってんだ。本当に倒れてんじゃねぇよ」

「ちが、平気です。今ちょっと、立ちくらみ……」

「青い顔して、強がってんじゃねぇよ」


険しい顔の店長が、どんどん近づいてくる。

でもなんかぼやけて見えるなぁ。
ああ私、もしかして熱出てきたのか?

額に大きな手が載せられる。冷たくて気持ちいいなぁ。


「……馬鹿、風邪気味だってのに外にいたからだろ」


そのまま、店長の手が私の背中に回される。

平気です、と言おうとして、持ち上げられた時の重力移動に頭がふらついて声に出来なかった。

ただ、彼の肩に頭が触れた途端に、あの日の背中を思い出して、不思議と安心した気分になって目を閉じた。

片倉さんが、近くにいる。
だから私、今こうやって生きていける。


< 64 / 236 >

この作品をシェア

pagetop