美しいだけの恋じゃない
そんな風に自分自身をたしなめた所で、改めて外界に意識を向けると、話は別のテーマに移り、そしてまだまだ長く続きそうな気配だった。


ずっと個室が塞がった状態だと不審に思われるだろうし、なるべく早く帰りたいという思いもあって、私は観念すると、おずおずとドアを開け、洗面台へと向かった。


『え…。やだ。盗み聞きされちゃったわよー?』


師岡さんが半笑いを浮かべながら、しかし刺々しい口調でそう言葉を発し、彼女はもちろん、他の二人にも冷たい視線を向けられた。


その状況で会話を聞いてしまったのは不可抗力以外の何物でもなく、責められる筋合いなど微塵もなかったのだけれど、師岡さんはそんな事は百も承知で、とにかく何かしら私に難癖をつけたかったのだろう。


しかし、それが分かっていてもなお、反論する勇気などなかった。


『す、すみません…』


謝罪しつつ手を洗い、別れの挨拶を述べてから、逃げるようにその場を離れた。


その後も、彼女達が会社帰りに女子会を開催している事など露知らず、しかも「毎週この曜日」という法則性もなかったので、何度か化粧室で鉢合わせしてしまい、その度にとても気まずい思いをした。


入社して一月ほど経ってからようやく、帰り際に会社の化粧室に寄るのはやめて、駅に着いてから利用すれば良いのだという風に学習したのだった。


でも、ここなら安全地帯だと思ったんだけどな…。
< 60 / 219 >

この作品をシェア

pagetop