虫めづる姫君
胡蝶を妻にしてくれる男などいるだろうか。


いないこともないような気がする。



親のひいき目を抜きにしても、たいそう整った愛らしい容姿をしている。


性格も明るく朗らかで嫌味がなく、素直である。

虫のことになると頑固だが。


教養のほうも申し分ない。

有名どころの和歌はだいたい覚えているというし、読み物も好きなようで、よく巻物に熱中しているところ見る。


じっと座って手習いをするのが苦手なので、字はあまり上手くないが、それほどまずいわけでもない。


頭の回転が早く、利発である。

そのぶん口が達者すぎるのが珠に傷だが、それはご愛嬌だ。



「………いい娘なんだがなあ」



ーーー虫遊びさえしなければ。


毛虫にまみれてうっとりしている様を見てしまえば、いくら胡蝶が愛らしいとはいえ、どんな男でもさすがに尻尾を巻いて逃げてしまうだろう。



大納言は再びため息をもらした。



廂を歩いて母屋へと近づいていくと、いつものように、胡蝶の明るい笑い声と、侍女たちの悲鳴が響いてくる。



「ねえ竹丸、この虫はなんという名なの?」


「それはおけらです」


「こっちは?」


「かまきりですね」


「これは知っているわ、かたつむりよね」



すると、突然すっとんきょうな歌声が聞こえてきた。



「♪かたつむりさんの~、角の上で~、争うのは~、なぜなの~?」



胡蝶が漢詩の一節に奇妙な調子をつけて、楽しげに吟じはじめ、それを聞いた男童たちはおかしそうに大笑いしている。



「さあ、お前たちも一緒に! かたつむりさんの~♪」


「かたつむりさんの~♪」



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