柴犬主任の可愛い人
職場から少々距離はあるものの、乗り継ぎがなくて、ここ出発の車両も一部あるという理由で選んだ自宅最寄り駅を降りると、目の前にあるロータリーにはお迎えの車が駐車スペースを埋めていた。車内待機する人たちの顔がホラーちっくに照らされてるのは、みんな待ち人が来るまで俯いてスマホで何かしているからだろう。
徒歩十分で到着する自宅にバスは必要ない。自転車を使ってたこともあったけど、盗まれて以来買い直してないし、手元に戻ってきてもない。私は歩き慣れた帰路をとぼとぼと歩く。
明日は土曜日でお休みだ。特に用はないけどお休みだ。しかも、ゴールデンウィークも重なり連休なのだ!
本来なら心躍ることなのに、今なら休日出勤も勇んでいけそうなんてわりと重症かもしれない。
三ヶ月前、友達が連休の海外旅行計画をカフェで立ててたとき、私はそれに加わらず、横でなんとなくパンフレットを眺めてケーキを頬張ってた。近くで気軽に会える友達はそんな感じで今となって暇になってしまった私の予定は埋まることなく全滅。地元の子たちは予定が合わなかったし、……実家には、今は帰りたくない。
暇人だなあ。
そういえば、飲み物も食材も我が家は枯渇してたと思い出す。私が補充しなければ誰がやるのか誰もいない。……ああ、でもそれよりもお腹が空いたなあ。幹事だったし張り切って始終動いてたらそうなるよね。
とりあえずコンビニで今日の分だけでも。思案しながら家路を歩いていると、いつも前を通る度に気になっていた小料理屋に目が留まった。
入り口の、私の目線と同じ高さのところに小さく連なる白い花が一輪挿してある。
「……」
小料理屋といっても敷居が高いわけじゃなく家庭的な構えのお店は、引っ越してきてからずっと気にしてはいたものの、足を踏み入れたことはなかった。
――タイミング、かあ。
今日がその日かもしれないと、小さくて白い花に惹かれるように、私は入り口の扉に手をかけた。