夏彩憂歌
どれくらいの間、そうしていたか分からない。

ずいぶん長かったような気がする。

いつの間にか慶兄さんが帰ってきて、私たちふたりの異様な様子と、そしておそらくあの赤紙を見て、すべてを悟ったのだろう。

私を抱きしめて離さない松兄さんの手にふわりと触れた。

「慶……」

松兄さんが発したのは、たったそれだけ、その一言だけだった。

慶兄さんも何も言わない。

私を離した松兄さんは、ゆっくり立ち上がって慶兄さんと抱き合った。

無言で、ふたりは強く強く抱き合った。

慶兄さんの硬く硬く結んだ唇と、辛そうに歪んだ横顔が鮮やかに記憶に刻まれている。



それからすぐ、秋兄さんは戦地へと赴いていった。

彼を送るときの軍歌を、私は何とか笑顔で歌いきった。

泣いちゃだめだ、そう言い聞かせてもどうしても泣きそうになる私がなんとか我慢できたのは、隣で手をぎゅっと握り締めていてくれた松兄さんと、慶兄さんのおかげだった。

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