蜜愛フラストレーション
穏やかな空気の中で、コアントローというリキュールとアセロラジュースを合わせた“ワット・イズ・ラブ”を飲む度に心は揺れ動く。
鮮やかなピンク色をした甘酸っぱいこのカクテルは口当たりも良くて好みなのだが、ユリアさんの意図が伝わってくるため複雑な気持ちにもなる。
「どうした?」と、グラスをテーブルに置いた彼が窺ってくるので、小さく笑ってこう返した。
「……なんでもない」
「萌のその言葉は信用しないよ?」
そのまま水に流してくれれば良いのに、決して彼は納得せず困ったような顔をする。
知り合った頃より今の方が私の心の変化を察してしまうので、こんな時はその優しさに悲しさを覚えてしまうのだ。
「信用しかねるのはお互いさまですしね」
ここで憎らしいひと言で突き放す私はなんて可愛げのない女なのだろうか。
「……萌、それは」
こうして言葉に詰まる彼の姿は仕事中には見受けられない。彼の動揺した顔を見て、どうして感情と裏腹の言葉を吐いてしまったのかと後悔が募っていく。
「……ごめんね。私のせいで」
伝えなければいけないことはたくさんあるが、今はこの言葉しか浮かばなかった。優しさを踏みにじった挙句、過去を引き合いに出すなんて最低だ。
「いや、悪いのは……」
普段の彼は遠慮なしに見えるのだが、それは違う。ある時を境に、私たちは本音をぶつけ合うことを避けるようになったのだから。
「……コラ」
「ふふ、意趣返し成功?」
手を伸ばせばすぐに触れられるほど近い距離にいるのに、触れることにためらいのあった私は、ここで彼の頬を人差し指で突くに留めた。
肩の力を抜いて笑い始めたことでさざめき立っていた心は安堵したが、「ねぇ、萌」と呼ぶ彼の表情は真剣なものに変わった。
「大切だから、もう嘘はつかないよ。それだけは信じてくれる?」
その眼差しの強さを前にすると縋りつきたくなるが、グッと堪えて笑みを返す。
「……北川さんのことは信じてます。じゃなきゃ、会いません」
「それは困る」
「お互い様ですね」
彼と離れたくない、けれどもこれ以上の変化には尻込みをしている私はまた答えをはぐらかす。なんて愚かで面倒な大人になってしまったのだろうか。
彼に断りを入れて席を立つと店内外れにある化粧室を目指して行く。BGMのジャズ音楽が心地よく流れる店内を歩く途中、ユリアさんとカウンター越しに目が合ったので小さく笑い返す。
そのままソファ席を通過し、化粧室に辿り着くと扉を閉めた。清潔な洗面台の大きな鏡の前に立つと、そこには情けない顔の自分が映っていた。
綺麗にヘアメイクを施して貰って、美酒にほろ酔い気分を味わわせて貰っても。内面の綻びはふとしたことで崩れてしまう。
ばかみたい、と自嘲して鏡から目を逸らすと天井を仰いだ。
会えば始まる戯れに、どうしても本音は隠せない。そろそろと箍(たが)を緩めかけている私は浅ましい。
今度こそうまく行くのではないのか、そんな淡い期待は頭の片隅にあるのだから……。
ただ、彼の誘惑にどうにか堪えられるのは、かつての出来事が心の足止めをしているがゆえ。
——あの時の選択は正しかったのか、この遅すぎる自問に今夜も答えは出せなかった。