秋麗パラドックス
「…行かない予定だったのだけど、偶然時間が空いたし、気が向いたから足を運んだのよ」
と本当のような嘘を言う彼女。
…本当は来るつもりなんてなかったことはお見通しなのに、とは思いながらも、『そうなんだ』と言っておく。
私が声を荒げて何かを言うとでも思っていたのだろうか。
何か、面白いことが起こるとでも思っていたのだろうか。
私は裏をかいて行こうと、最高の言葉を繰り出す。
「八神くんとは一緒に来なかったのね?これから来る予定なの?」
その言葉を聞いた瞬間、小春と萩原さんは目を見開いて驚いた。
まさか、私の口から彼の名前が出てくるとは思わなかったのだろう。
私は自分で自分をすごいと思う。
あんなにも意識していたのに、会いたくないとまで思っていたのに。
意識していたはずなのに、今は、何とも思っていないのだから。
「…何、徹【とおる】のことはもう吹っ切れてたの?」
「吹っ切れたも何も、…そんなこと考えてる余裕なんてなかったから」
高校を卒業して、大学に進学した。
けれど、すぐに父親が病に倒れた。
高校進学したばかりの弟と、高校進学予定の妹がいて。
母だけでは看病ができないと言うことは明らかだった。
だから私は大学を半年休学して、実家に戻った。
それは、小春も知らないこと。
言うつもりもない。