キンモクセイ(仮)
暇と平手
夏の日差しも弱まり始めたこの季節。
雲の形、気温の変化、草花の香り。
一日何気なくこの公園のベンチで座っているだけで感じる、時間の移ろい。

「ああ…今日も平和だなぁ…」

スーツに身を包み、ベンチで座ってこんな台詞が出てくる時点で何となく老けた気がする。
が、そんなのは気にしない。
たった今、会社から暇を出されてしまったのだ。
倒産してしまった以上、そこで働けないのは理解できる。
正社員だろうが派遣社員だろうが、その会社で働く従業員全てがそうなのだから。
いつもはやらない社員全員を集めた朝礼で、社長が開口一番こう言った。
「明日から仕事ないから来なくていいよ」と。
私物だけ3日以内に取りに来てねーと軽く挨拶をして去っていく社長を見て、今日はエイプリルフールなのではないかと疑ったくらいだ。
対して私物を会社に置いていなかったため、ほぼその身ひとつで会社を出た。
そして今に至る。

「仕事探さないとなぁ…また履歴書を格闘しなきゃいけないとなると面倒だな…」

うだうだしていても始まらないのはわかっているが、こうなるとしばらく動きたくない。
幸い天気はいいし、昼休みの時間も過ぎているから人通りは少ない。
家に帰る気力が戻ったら帰ればいいと、久しぶりの日向ぼっこを堪能しはじめた。

「…ください!」
「だからさぁ……じゃん?」

大分日が傾いてきて風も出てきた頃、何やら揉めているようだ。
目線を合わせると、女性がいかにもチャラそうな男性に腕をつかまれていた。
これは、よろしくないな。
椅子から立ち上がって女性を助けようとすると、パーン!と穏やかでない音が聞こえてきた。
見ると、チャラ男の左頬が赤くなっている。
我慢できずに手をあげたようだ。
修羅場になる前に止めないと…。

「先ほどから申し上げている通り、私にはただひとりと決めた男性がいます。
 その方を裏切って貴方と過ごすことなど出来ません。
 どうぞお引き取りください。
 これ以上私を拘束なさるおつもりでしたら、然る場所に届けさせていただきますがよろしいでしょうか?」

チャラ男の目を見てしっかりと言い返す、彼女。
あまりの出来事に呆然と立ち尽くす、チャラ男。
その横をスッとヒールの音を響かせながら、通り過ぎていく。
ふわりと香る甘い香り。

それが僕にとってのはじめてのキミ。
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