キンモクセイ(仮)
契約とお見合い
「ただいま~」

自宅のリビングにあるソファにどさっと座る。
キッチリとしたタイトスカートのスーツでも気にしない。

「おかえり、来春」

キッチンから缶ビールと枝豆のお酒セットを持って、母がねぎらってくれる。
プシュっとプルタブを開け、一気にビールをあおる。
炭酸のシュワシュワした爽快感が、毎回たまらない。

「あー!今日もビールが美味い!!」
「あんたのそれ、どうにかならないの?
 年頃の女の子なのに、オヤジくさいわ」

あんたもそろそろ身を固めて…と云々。
また始まったと思いながら、目の前の枝豆をむく。

坂下来春(さかしたこはる) 29歳。
司法書士の先生の補助者をしている。
短大を卒業してからの勤務だから、早7年。
難しい専門用語を覚え、書類と格闘。
銀行や役所に走り回り…としていると1日はあっという間。
仕事で神経使ってるんだから、これ以上使いたくないと夜は遊びになんていかない。
仕事を始めた頃は、友達から合コンとか誘いを受けてたけど、全て断っていたら連絡も来なくなった。
私はこれでいいのだが、母は浮いた話のひとつもない私を心配しているのだろう。
30歳も手前になり、毎日この話題。
…流石にウンザリしてくるが、ここが私の城なのだから仕方ない。

「私はこれでいいの。
 家が一番天国なんだから」
「あんた、それはお母さんが何でもやってくれるからでしょ?
 お母さんいなくなったらどうするの?」
「んーお手伝いさんでも雇うかな」

2缶目を開け、ほろ酔い気分であまり考えずに答える。
明日が休みでいつもより解放感に浸っていた。
しかし、この時の母の顔を見落としていたのが失敗のはじまりだった。
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