やさしい恋のはじめかた
2.強がっていたいお年頃
 
それから一週間としないうちに稲塚くんは大海から企画書のOKを貰い、各芸能事務所にオーディションを開催する旨の連絡に、文字通り目が回るほど忙しく動き回ることとなっていた。

「気合い入ってんな~、稲塚」「主任のOKがやっと取れたからな」と、せわしなく部署と芸能事務所の往復をしている稲塚くんの背中を眺め、ほかの社員たちは驚愕の声を上げる。

中には『河野大海の再来』とまで言う社員もいて、若いパワーに圧倒されつつあるようだ。


そんな中、私は相変わらず、例の口紅のCMの部署内コンペに向けて企画書を練る毎日で、これと言って特に変化はなかった。

大海とは特に何かあるわけでもなく、仕事の面も目立った業績もなく、遅くまで残っていたとしても疲労が溜まってしまうだけ。

何か一つだけでも好転する兆しが見えたら気持ちも上向きになってくるのだけれど、残念ながらそんな兆候はなく、雪乃に「頼むからもうちょっと肩の力を抜いて。……心配だよ」と言われるほど、私の顔はひどかったらしい。

それでも「うん、ありがとう」と言いながらも頭の中に思い浮かぶのは、大海でも、目の前にいる雪乃でもなく、なぜか桜汰くんの顔だった。


ああ、無性に髪が切りたい……。

まだ一週間も経っていないというのに、こんなに髪を切りたい衝動に駆られてしまうなんて、やっぱり私はどこか変なんだろうか。

なかなか好転しない毎日は私の気持ちを落ち込ませるには十分すぎて、なんだかもう全部を投げ出して逃げたくなってしまった。
 
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