異聞三國志
二人の有能な息子、司馬師と司馬昭も当然取り立てられた。


陸遜はやはり病気がちであり、諸葛瑾も高齢、自ずと息子の陸抗と諸葛恪への比重が高まった。


陸遜もまた病没、諸葛瑾は旧呉の首都建業へ引退した。


ある日、司馬懿は河北に残してあった、トウ艾率いる兵を洛陽へ入れて、クーデターを起こした。


孫権と図り、謀反を企てたというのがクーデターの大義名分であった。


流石は司馬懿、電光石火の早業で洛陽を制した。


陸抗と諸葛恪は命からがら脱出して、難を逃れたが、旧呉の人材は殆んど宮廷から追い出された。

献帝は身の安全は保証されたものの、またしても傀儡になってしまった。

旧呉と魏の対立の再来であった。

蜀は諸葛亮の後を継ぐような有能な人材はおらず、脇役に終始した。

やはり、諸葛亮がいての漢室復興だったのであった。


泡沫の夢・・・。
< 89 / 93 >

この作品をシェア

pagetop