君が笑ってくれるなら
彼は穏やかに微笑んだ。

出版社就職を希望していた私は、彼にもう1度会いたくて、円山夏樹出版社の面積試験を受けた。

今。
憧れの彼が、直ぐ目の前にいる。

ルンルン気分で鼻歌が口をついて出てきそうなほど浮かれていた。

――君、何階? フロアーボタン押さないの?

彼は左手で素早くさらさらと書いたメモを向ける。

グリーンノートの爽やかな香りがする。

髪に肩が触れそうなほど近距離。

「あっ……!?」

慌てて8階のボタンを押すと、彼はクスリと笑った。

足元に置いた革製で紺色の小型キャリーバックと、手にしたビジネスバック。

彼は5階で降りた。

一言も声を発することなく、優しい微笑みだけを残して……。

何だか、千載一遇のチャンスを逃してしまったような残念な気分。

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