君が笑ってくれるなら
「いえ、そんな……」


……雨が降ってる。今は小降りだが、予報では本降りになると――遠慮するな


結城さんはキャリーバックに手を掛け、歩き出す。

定時、18時をまだ15分ほどしか過ぎていない。

社屋ビルのロビーは、人も疎らだ。


「あの……」

言い掛けて、結城さんの肩が忙しく上下しているのに気づく。


――結城……さん


前を歩く結城さんの張り詰めたような後ろ姿に、こちらまで緊張する。

意地を張らずに、酸素吸入器を装着すればいいのにと思う。

結城さんは駐車場に着いて、車に乗り込むと「乗って」と手振りをし、鞄から酸素ボンベ缶を素早く取り出し、口に当てた。

喘ぎながら数分、酸素を吸って、画用紙に更々と文字を書く。


――みっともない所を見せてすまない


後部座席に、所在無さげに座ったわたしに向ける。

< 86 / 206 >

この作品をシェア

pagetop