心の中を開く鍵
私がここに来てから、唐沢さんは、いつも執務室をひとりで使っていた。

本当なら他にも社長の秘書や、専務付きの秘書が三人はいるはずだけど、社長秘書は常に社長室に詰めているし、専務秘書は今は出張中で出払っている。

実質的に、唐沢さんの執務室みたいになっちゃっているけど、そうでもなきゃ、こんな話は大っぴらにできないよね。

「山根さん。ノートパソコンでいいですね」

主任の確認に頷きを返すと、唐沢さんが割り込んだ。

「あら。うちはデスクトップでも構わないわよ。顧問の秘書は社長程ではないにしろ、激務だから」

「お忘れでしょうが、山根さんはうちの主任補佐です。今は一時的な仮措置ですからね」

主任と唐沢さんで何だか静かに睨みあって攻防していた。

ありがたいけど、正直、荷が重いんですが。

半笑いで溜め息をつくと、プリンターからくしゃくしゃになった足りない書類を探し、それを広げながら考える。

一度くしゃくしゃになってしまった書類は使えない。
だから、一度ぐじゃぐじゃになってしまった関係も元には戻れないと思う。

書類なら、新しく印刷して、新しいものに差し替えていくのが普通だし。

……でも、人間の関係はなかなかリセットはされないから困る。

ポイってできたら楽なんだけど……と言うか、一度、そうしたわけなんだけどさ。

また同じするとしたら、私は仕事も辞めないといけないわけだし、今はそんなに簡単なことじゃない。

だいたい、今はそこまでする事はないと思うし。

翔梧のことは嫌いじゃないけど“嫌いじゃないんだ”なんて言うのは、単にずるいだけだと思うし、何かが違うと思う。

……私は、どうしたいんだろうな。

元サヤに戻るつもりはないし、だからと言って、邪険にし過ぎるのも……。

ううん。邪険にしないとダメでしょ。

中途半端な優しさ程、残酷なこともない。それなら、とことん冷たくしないといけないと思う。

言い聞かせるように、そんな事を考えながら、仕事をこなしていた。









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