心の中を開く鍵
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会社の近くにあるカフェ。

夕飯を作るのが面倒な時には、寄って行くんだけど、ここには久しぶりに来た気もする。

大きなガラス窓の前にある二人がけのテーブル席に座り、ぼんやりサラダをつつきながら、通りの外を眺めた。

夕闇に包まれるビル群と、足早に家路を急ぐ人の流れ。中には子連れの人もいる。

スーツ姿にビジネスバックを持つのは、きっとお父さん。
手を繋がれて、はしゃいでいる小さな女の子は、赤いワンピースでお洒落をしている。
その傍らに、やっぱりスーツ姿の女の人……女の子の頭を撫でながら笑っていたからお母さんだろうね。

それを見るともなしに見てから微笑んだ。

……昔は、花嫁さんが夢だったなぁ。

子供の頃の話だけど、毎日お母さんにお嫁さんになる話をして、毎日お父さんに微妙な顔をされた。

それから、花婿さんがいないと花嫁さんにはなれないと気づいて中学校生活を送り、高校生の時にはそれなりに“グループ交際”的な感じで、具体的には何もなく、大学に入ってから翔梧と付き合い始めた。

思えば“一番最初の人”だよね。

男の人の家に行くのも、初キスも翔梧だったし、抱かれるのも翔梧が初めてだった。

事が終わった後で『俺の“女”になったね?』って、言われた時には、顔から火が出るかと思ったけど、何だか嬉しそうだったから、私も嬉しくなった記憶もある。

男の人って、初めてをウザがる人もいるらしいけど、翔梧はそんな感じで喜んでくれた。

真夏の暑い日……それよりも暑かった翔梧の体温、今も忘れずに覚えている。

……って、だからどーしろって言うんだ。私は。

頭を抱えて、目の前のサラダに突っ込むところで気がついて、慌てて体勢を立て直す。

こんなところでサラダに頭を突っ込んだら、ただの馬鹿じゃん。

溜め息をついたら、目の前のガラス窓がノックされた。

スーツにビジネスバックで、満面の笑みを見せる翔梧さん。

「…………」

……あんたは神出鬼没過ぎないか?
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