久遠 ~十年越しの恋~
「超だせえ」



夏菜に連れ出された俺は言われるがままに裏門へと向かった。

そして。

千恵美はそこにいた。

水色のマフラーを巻いた千恵美は寒そうに息を手に吹きかけていた。

いったいどれぐらい待ったのだろう。

この寒さのなか俺なんかのために待っててくれていたのか。

それだけで俺の罪悪感はいっぱいになっていた。

ゴクリ、と唾を飲み込む。

足を踏み込む。

嗄れた喉を震わす。

夏菜が俺の背中を押した。

「あ、あの!」

意を決した言葉に千恵美は振り向いてくれた。

雪のように白い肌。

大きな瞳。

朱に染まった頬。

青がかった黒髪。

千恵美を形容する全ての要素が魅力的だった。

緊張が高まる。

「あ、拓也くん。うちに話って…どうしたの?」

キョトンと小首をかしげる千恵美。

かわいい。

「ひゃっ、ひゃい!」

やっべ噛んだ俺。

超だせえ。

「あの…その、急に呼び出して…ごめん」

「? ううん、全然大丈夫だよ」

「えーっと…うん、あー…千恵美、さん」

「?」

そして俺は口する。

この世界で最も恐ろしい力を持つ呪いの言葉を。

ゆっくりと、

「ずっと好きでした。付き合ってください」

「!」

言っちまった。

言ってしまった。

もう引き返せない。

超逃げてえよほんと。

俺ってば何いっちゃってんの。

好きですぐらいはいいとしてもさ。

付き合ってくださいってなんだよ!?

なにそのわがまますぎる発想!

死にてえ! マジ死にてえ!

長い長い空白の時間が流れる。

いや実際にはほんの数秒程度のものだったのだろう。

でもこのときの俺にとってその時間は幾分にも、何時間にも感じた。

↑ちょっと盛った。

「…拓也くん、の気持ちはとっても嬉しいよ?」

やがてその沈黙を打ち破るかのように千恵美が口を開いた。

あーこれはあれだ。

あのパターンだ。

「でも…ごめんなさい」

…ですよねー。

ペコリと頭を下げる千恵美からしんしんと申し訳なさが伝わってくる。

ちょっ、ちょっとなんかこっちが悪いみたいになんじゃん??

やめて!

この空気やめて!

すでに失恋確定がはっきりした俺はどうにかしてこの状況を打破しようと必死に思考を巡らせる。

「それに…うち、好きな人がいるから」

「! あ、そ、そうなんだ…」

「うん。片思いで…その人にも好きな人がいるんだけど…」

「へ、へぇー」

「だから…お互い頑張ろうね」

「おう…ごめん」

「…謝ることないのに」

「じゃあな、また明日。学校で」

「うん、また明日」

軽い別れの挨拶を交わし、俺たちはその場を後にした。

下校する千恵美の背中を遠目で見つめる。

…やっぱなぁ。

無理だったんだよなぁ。

パンパンッパッパッパーン!!

クラッカーの音が鳴る。

「あっはっはっw ドンマイだ拓也www」

「おめでとうwww」

一斉に響く笑い声。

見ると、部活のチームメイトやクラスメイトが物陰から顔を出していた。

「な、なにぃ!?」

だ、だれ!?

誰がこんなことしたの!?

俺をどんだけ晒し者にしたいのよ!!

「どーんまい!」

バシッと背中をたたいたのは夏菜だった。

「!? …だから言っただろ、無理だって」

「でもスゴいじゃん告白できただけ」

「…あっそ」

この時点で俺はかなりイラついていたと思う。

夏菜が俺のことを笑い者にするためにこいつらを呼び出したんだ。

こいつは初めから俺のことを無様にあざけ笑うためにこんな真似をしやがったのだ。

「まぁ拓也ならもっといい子が見つかるって」

なんだよそれ。

もっといい子ってなんだよ。

今の俺にとっては千恵美が全てだったんだよ。

そんな簡単に割りきれるわけねーだろうがよ。

つーかなんでそんなに笑っていられんだよ。

こっちはてめーのせいでこんなに嫌な気持ちになってんのによ。

っざけんなよ。

「帰る」

これ以上夏菜と顔を合わしていたくない。

足早に退散しようとする。

「え? どうしたの拓也。…もしかして怒ってる?」

「別に」

「怒ってんじゃん」

「怒ってねーよ」

「嘘はやめてよ」

「うっせーなしつけえよおまえいい加減にしろ」

「!」

完璧な八つ当たりだった。

ほんとは夏菜だってこんな結果にしたかったわけじゃないだろうに、それを知らず俺は夏菜に当たってしまっていた。

フラれた惨めな男が女に当たる。

カッコ悪すぎる構図だ。

あの頃俺が情けなくて涙が出てくる。

…超だせえよ、俺。











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