久遠 ~十年越しの恋~
千恵美と夏菜
久遠



1章 千恵美と夏菜



これは俺の記憶だ。

中学生のときの俺こと、「宮城拓也」の物語。

痛々しい若さの記憶。

…まぁ、すこしぐらい聞いていってくれよ。

少しの暇潰しぐらいにはなるはずだからさ。

俺の一世一代の告白物語を。

多感な時期だ。

だからこれは一種の気の迷いなのだ。
いつしか自分にそう言い聞かせるようになった。

しかしいつしか目で追うようになった存在が俺にはいた。

如月千恵美。

その子は真面目で優しくて優しくて優しかった。

しつこいようだが優しかった。

そしてなんたってときおり見せる笑顔に浮かぶ八重歯が可愛かったんだ。

とにかく俺はいつの間にかその子に夢中になってたわけだよ。

ただひとつの繋がりは俺の妹とその子が友達だってこと。

俺は迷わず妹に土下座したよ。

「どうにかして千恵美ちゃんと付き合いたい」

「…なにしてんのおまえ」

「妹様よどうすれば千恵美ちゃんと付き合えますか」

ふっ、無様だと笑うがいい。
だが俺は恋のためなら土下座だろうが靴舐めだろうがやってのける覚悟があるぜ!
素晴らしい一途さだろ。
え? 一途ってそういうことじゃないって?
…知らね!

「またアンタは無謀な賭けに出たもんだね」

「もう四六時中千恵美ちゃんのことばかり考えてるどうにかしてくれよ」

「キモい」

「グハァッ」

「てかあんたそろそろ部活の大会近いんでしょ。そんなことしてる暇あんの?」

「暇とはなければ作るものなのさ」

「…サボったのかよ」

「つーことで協力してくれ」

「やだよメンドクサイ」

「まぁそう言わずにさ」

「だいたいこういうことならあたしより夏菜の方がいいんじゃない? 恋愛経験豊富だし」

「やだよあんなビッチ」

「あっそ夏菜に言っとくね」

「やめて!」

死んじゃう!

妹君の言葉に出てきた夏菜というのはこれまた妹と俺の共通の友人である。

草葉夏菜。

千恵美さんが可憐でおしとやかな雰囲気をもつ少女だとすれば反対の雰囲気をもつ女である。

悪く言えばビッチ。
良く言えば明るい女の子。

そんな感じだ。

妹の友人でもある草葉夏菜。
たしかに恋愛相談ならば百戦錬磨の彼女はまさにうってつけの相手であると言えるだろう。

が。

問題なことに俺は草葉夏菜のことが苦手だったのである。

正直言って恐怖を覚えるまである。

ボクナツナサンコワイ。

「ま、とにかくあたしに協力を依頼するってんのが間違いなのよ」

「お、おう」


翌日。

教室にて。

「ねえねえ拓哉って千恵美のこと好きなんでしょ?」

「……は?」

おいおい誰だよこいつに言ったの。
…僕の妹ですねたぶん。

ひどいよ。

「誰から聞いたんだよそんなこと…」

「まぁそんなことはどうでもいいじゃんw」

「…はぁー」

「で? 千恵美が好きなの?」

「…そうだよ」

「へーえw」

おもしろおかしそうににやける夏菜に俺は少しだけ苛立った。

「言っとくけど、」

「ん?」

「余計なことだけはすんなよな」

「余計なことって?」

「…そりゃ、あれだろ。勝手に引っ掻き回したり、俺が告白できるようにセッティングしたり…」

「なにいってんの?」

「は?」

「なつがそんなことするわけないじゃん」

夏菜は自分のことをなつ、と呼ぶ。
まぁ、この時期の女子にはありきたりなことだ。

が、

今の夏菜の発言が俺のことを踏みとどまらせた。

「まぁ、拓哉じゃ自分から告白することなんてできないだろうけどねw」

「…うっせえ」

「ねねねね! やっぱなつが協力してあげよっか!」

「はぁ? だからそういうのが余計なんだっての」

「そう? なつの意見を訊くだけでも大分違うと思うよ~?」

「…じゃ、じゃあよ」

夏菜には不思議な魅力があった。

だからなのだろう。

ついつい、少しどころかその全貌を語ってしまった。

ほんとなにやってんの俺…。

「ふんふん、なるほどね」

得意気にうなづく夏菜。

夏菜に千恵美ちゃんのことを言ってしまったことなんてもうどうでもよくなっていた。

「よし! 告白しよう!」

……。

「は?」

「コクりにいこう! なつが千恵美に言っとくからさw 」

「いや、おいおいちょっと待てよ」

俺は告白するつもりなんてないんだよ?

いやマジで。だって僕フラれるの恐いもんチキンだもん。

…だからこの思いは胸のなかにしまっておくことに決めたのさ。

ふっ。

なんか今の俺かっこよくね???

「とにかく! なつに任しときなって!w」

豪快に胸を叩く夏菜。

やだ…夏菜さんかっこいい。

じゃなくて!

「よ、余計なことだけはすんなよ!? おい! おい!?」

「あっはっはっw とりあえず放課後裏門まで来てねー」

取り残される俺…。
い、嫌な予感しかしないんだけど。


2

教科書を無造作に机に突っ込む。
置き勉置き勉…っと。

だって教科書持ち帰っても勉強したことねーもん。

そぁー帰ろ帰ろ。

「たーくーやーどこに行くつもり??」

「! …うげ」

しまった。と思ったときには時すでに遅し。

腕組みをした夏菜が仁王立ちをして、教室の引き戸を塞いでいた。

「なーに一人で帰ろうとしてんのよ」

「や、テスト期間だから部活ないし。帰るのは当然じゃん?」

「はぁ?」

「す、すいません」

「なつ言ったよね? 放課後裏門に来てって。まさか忘れたわけじゃないでしょ?」

「…はい」

「てことでレッツラゴー」

「父さん母さん…僕は今日をもって死ぬかもしれません」

「何いってんのw」

「なんでもねーよ」

下駄箱にて外靴に履き替える。

真っ白な息が空に舞う。
突き刺すような寒さが抉った。

ぼやけた茜色の夕焼けは冬の日の短さを象徴してるかのようだった。

告白、すんのか…俺。

なんつーかこんなんでいいのかな。

全くもって実感が湧かなかった。

「ほら行くよはやく! 千恵美待ってるよ」

「お、おう」

先導を切る夏菜の後を追う。

そのときの足取りがかつてないほど重かったのを俺は覚えてる。

重くて苦しくて。

何度も何度もこの日のことを悔やんだ。

なんであのとき夏菜の口車にのせられっぱなしだったのか。

なんで逃げなかったのか。

なんでなんでなんで。

俺は夏菜を追ってしまったんだ。

その答えは今なら分かる。

でも、あのときの俺はそれがわからなかった。







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