きみの愛なら疑わない
#1 花嫁に逃げられた男
◇◇◇◇◇



傘の必要はないという今朝の天気予報は見事に外れ、窓から見える空は灰色に変わり今にも雨が降りだしてきそうだ。まるでこのフロアにいる十数人の社員の気持ちを表しているかのように。

「先方にはいつまでに完成するか期限を明確に伝えてもらうように言ったはずだけど?」

レストラン事業部のフロアで浅野係長はデスクに座り、目の前に立った新入社員の女の子、今江さんに冷たく言い放った。

「期限をきちんと確認するのは重要だって何回も言ったよ」

今にも泣きそうな今江さんに対して浅野さんは表情を変えることはない。銀縁メガネの奥の目は笑っていない。

フロアにいる社員はまたかと二人の様子をパソコンの間から盗み見た。
新入社員の今江さんが何らかのミスをするのは仕方がない。仕方がないけれど、浅野さんが後輩や部下に指導する姿は何度見ても良い気はしない。冷たい言葉を聞くと身がすくみ、冷たい態度を見せると回りまで冷や冷やするのだ。

数メートル離れた席に座る私はお馴染みの光景でも浅野さんから目を逸らさなかった。
彼は仕事に厳しいことで有名だけど、何度冷たい対応をされても私だけは浅野さんのことを嫌いになれない。

一通りのお説教が終わると今江さんはフロアの外に出ていった。きっとトイレで泣いてしまうのかもしれない。
あんな言い方しなくてもいいのに、と他の社員の声が聞こえてきそうなほどフロアの雰囲気はよくなかった。

きっと数年後に浅野さんのお説教に感謝する日が来るからね今江さん!

私は心の中で今江さんを励まして浅野さんの味方をした。
どんなに冷たく酷い言い方をしても、浅野さんは本心じゃなくわざと傷つけるようなことをしている気がするから。根は優しいけど仕事に対しては厳しい人なんだ。

私が過去を知っているから、そう思いたいだけなのかもしれないけれど。

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