…だから、キミを追いかけて
8月15日、町内で唯一と言っても過言じゃないお祭りが行われる。

海浜公園として整備された湾内の遊歩道に沿って沢山の露店が並び、最後は盛大な花火大会が催される。

町内にあまりない旅館の一つでもある母の仕事場は、朝から宿泊客の準備に追われていた。


「今日は頼むねー。夕夏ちゃん」

旅館の女将さんはニコニコしながら用事を言いつける。
人当たり良さそうに見えて毒舌。母からはそう聞いていた。


「先ずは客室の掃除からね。夕夏、あんたはトイレ掃除専門にして。お部屋は私がやるから」

仲居頭の母に仕切られる。
働き出して20年以上になる大ベテランだから仕方ない。

黙々とトイレを掃除して回る。妊娠がハッキリしてなかった頃、「トイレの掃除を熱心にすると、綺麗な子が生まれる」と、仕事場のお年寄り達が話していた。




『本当ですか⁉︎ 』

冗談のように聞き返した。軽度の認知症を患ったおばあちゃんは『本当よ…』と、満面の笑みを浮かべていた。

『お姉さんのお母さんもトイレ掃除頑張ったんでしょうね。こんな美人に生まれて得したね』

いい事なんか何もなかったですよ…と答えた。そしたら、そのおばあちゃんは、

『今から今から!』

…と、笑っていた。


『今から』と言うのは、いつからだろう。

今の私は、毎日が苦しいだけなのにーーーー。


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