「先生、それは愛だと思います。」完

教案をまとめて教室を出ようとしたが、その女生徒――楠 麻衣(クスノキ マイ)は、俺のシャツを引っ張り止めた。
猫のように大きな瞳で俺を見上げ、何か計算しているような表情をした。

「私理系の大学受験控えていて、生物が不安なんですけど、今度個別に教えてもらえませんか?」
「……考えておきます」
「それ前も聞きましたよ」
「質問をしっかりまとめて来てくれるのならいつでも対応します。まあ、そこまで不安なら、俺のようなペーペーより、ベテランの大場先生の夏季補習を受けることを薦めますよ」

話しながらシャツを掴んでいた手をゆっくり外すと、ぎゅっと指を握られた。
……こういうことは今までに何回もあったけれど、中々この子は厄介だな、と心の中でため息をついた。

「……先生、面倒くさがらずに、ちゃんと考えてくださいね。生徒のお願いなんですから」
少し拗ねたような表情で、彼女はそう忠告した。
俺は、ちゃんと考えていますよ、とだけ言い残して、指を離した。

楠麻衣を動物で例えるなら、したたかな猫だ。
相手の隙にどうやって入り込んだら、油断してもらえるのかということを、心得ている。
表では何も分かっていないという様な表情をして、心の中ではとんでもなく緻密な計算をしている。
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