Change the voice
予想通り、深夜にもかかわらず真下さんは快く俺の事情を受け入れてくれた。

それが分かっていたから、彼女には頼りたくなかった。

彼女と暮らす時は、自分で家を買えるくらい、経済的に自立した男になってから―――そう思っていた。


(………なのに)


所持金は、今財布に入っている数万のみ。もちろんタクシーを拾う訳にも行かず、彼女の住む街まで1時間掛けて歩いた。

台本や衣装が詰まったスポーツバッグが肩に喰い込む。夜に沈む冷気に包まれて、じわじわと耳から頬の感覚が失われていく。それでも全然構わなかった。これは情けない自分への罰なんだと思った。


日が昇る前に、彼女のマンションに辿り着いた。信じられないことに、彼女はマンションの入口で俺を出迎えてくれた。


「何度も電話したのに………遅いから心配したじゃないですか」


半泣き状態の冷え切った彼女の甘い香りに包まれながらケータイを見遣ると、充電が切れていた。

ますます自分が情けなくなる。


彼女の部屋に入ると、熱い風呂が用意されていて、風呂上がりには温かいココアが出てきた。

歩いてここまで来た事情を告げると、


「タクシー代なんて、立て替えたのに」


と、予想を裏切らない彼女の言葉。

どうしてこんな俺にここまで―――という理由は分かり切っている。


シンクでカップを洗う彼女を後ろから抱きしめて、俺は彼女が一番好む声色で囁いた。


「真下さん、身体、冷えちゃってますよ」


びくりと彼女が身体を震わせるのが分かった。胸の高鳴りまで伝わってくる。


(本当にこの人、俺の“声”が好きなんだよな………)


少し悔しさを覚えて、思わず腕に力が入る。


「俺に―――暖めさせて」


強引に彼女の身体をこちらに向き直させると、熱で潤んだ瞳が俺を見上げてきた。


(………ヤベ………可愛い―――)


たまらず冷たい唇に熱い舌を絡ませる。


「……ん、ん」


とろけるような彼女の声がもっと聴きたくて、そのまま首筋に舌を這わせた。


(ああ、いけない―――何か言わないと)


何と言っても、彼女は俺の声に悶えるのだから。


「ねぇ…いいでしょ?」


とっさに今日録ったミニドラマの台詞がついて出る。


「『嫌だって言っても、止めねぇけどな』」

「―――っ!!」


感情の昂りに身を任せて、腰の立たなくなった彼女をそっと床に下ろしながら、仕事と私生活がごちゃまぜになっている今の状況に自己嫌悪を覚えた。

しかしこの本能の行為は止められそうにない。


(真下さん………ごめん)


気持ちとは裏腹に、俺は少し乱暴な方法で彼女を乱れさせた。



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