フェアリーサイン

足が動かない。




あたしは、ただ聴き入っていた。

気が付くと、演奏を最後まで聴いていた。



「ふぅ……」


演奏を終えた磯野さんは、額を流れる汗を拭っていた。


「すごい。すごいよぉ!」


あたしは思わず手を叩いていた。


「えっ?」



磯野さんは、目を丸くさせてあたしは見ていた。



でも、あたしは生まれて初めて人が奏でる音に感動していたから気に止めてなかった。




「すごいね、ピアノ上手いんだね?」


思わず、磯野さんに近寄って素直に思った事を口にしていた。



「どうした? 莉音? お前、キャラが違うぞ」



ヤツの一言に、ハッと我に返った。



「……あっ! ゴメン……」


どさくさに紛れてあたし、磯野さんの手を握っていた。



慌てて離して、あたしは教室から逃げるように出た。


教室から、出る際に……。



「あ、あ、ありがと……」


磯野さんが小さな声でそう言っていたのが聞こえた。
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