落ちてきた天使
「私…ななちゃんのこと置いてきちゃった……先に逃げてきちゃったの…」



ぽたっと大粒の涙が夢ちゃんの頬を伝い、握り締めたテディベアを濡らした。


声にならなかった。

何て言ったら正解なのか。
何て言ったら夢ちゃんの背負った物を軽く出来るのか。

私にはわからなくて、ただ夢ちゃんの濡れた瞳を見つめるしか出来なかった。



「違う」



喉の奥から絞り出したような掠れた声に、思わず隣りを振り返った。



「よう…へい……?」



いつもの温厚な彼からは想像もつかないほどの険しい表情。

そこから苦しさと辛さ、そして怒りが見て取れた。



「夢はななちゃんを置いてきたわけじゃないだろ?夢は他の皆を助けたじゃないか」

「それでも、最後は怖くて…先に逃げた……」

「怖くて当然だろ……怖くない奴なんていない。俺だって手が震えてる」



洋平は自分の手のひらを見つめ、ギュッと強く握り締めた。



「俺の方が……俺は自分が、情けないっ……」



洋平の声から感じた怒りは、自分への怒りだったんだ……

洋平も夢ちゃんも誰も悪くなんてないのにこうやって自分を責めてる。


救護テントに目を向ける。

うわぁーっと大きな声で泣いてる幼稚園児。
泣きそうな顔をしながらも小さい子の背中をポンポンっと撫でて声を掛けてあげてる小学校高学年生。
こんな状況の中、スヤスヤと眠る乳児を抱っこする中学生。


ここにいる皆が心身ともに傷を負った。

自分達の家を激しい炎が覆い、親同然の施設長と兄弟同然のななちゃんの安否もわからない。

この先どうなるかわからない不安と絶望の中、私より小さな体で必死に戦ってる。



自分が情けなかった。

怖い思いしたのも、痛くて痛くて堪らないのも、私じゃなくてここにいる皆なのに、私は自分のことばっかりで。


皐月は取り残された人達を助けるために火の海に飛び込んだ。

なら私は?
私に出来ることは、少しでも皆の心に寄り添って、心の痛みを分け合い一緒に祈ること。





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