落ちてきた天使
「そんな悄気んな。角煮はまた明日にすればいい」

「そうだ!私が作るよ」



パンッと手を叩きながら声を上げる。


皐月は何を言い出すんだと言わんばかりに眉を寄せた。



「いつものお礼。私が作ってる間に皐月はゆっくりお風呂にでも入ってて」

「でも」

「こう見えて私だって料理ぐらい出来るんだよ。それともやっぱり、私に何かさせるのは不安?」



皐月を下からジッと見つめる。


私から見ても明らかに頬を染めて狼狽えた皐月は、「わかったよ」と諦めたような息を吐いた。




すぐに部屋着に着替えると、料理に取り掛かる。


料理は久しぶりだ。
確か、二ヶ月前のお父さんの誕生日にお母さんと作ったっきり。


前はよく手伝ってたんだけど、受験生になってからは勉強ばかりで料理から遠退いていた。



「よし」



軽く気合いを入れて、包丁とまな板を準備する。


大根を輪切りにした後、味が染み込みやすいように罰印の切り込みを入れて。


生姜を切り、ネギは青い部分だけ使い、豚ブロックに塩コショウを振りかけた。


それを切らずにブロックのまま、まずは両面焼き目がつくまで強火で焼いていくのが私流……なんだけど。



私はフライパンをコンロに置くと、「ねぇ」とカウンター越しにずっと私を見てる皐月に声を掛けた。



「ずっと見られてるとやり難いんだけど。お風呂入って来てよ」

「嫌だね」

「嫌って…じゃあせめてそこにいないでテレビでも見てて」

「無理。好きな女が俺のために料理してくれるんだ。見逃すわけにはいかない」



なっ……‼︎何…⁈好きな女って……


顔や耳、首筋までもがカッと熱くなる。


急速に鼓動を繰り返す心臓。
大太鼓を体の中で叩いてるように、胸を強く打つ。


皐月に同じような意味合いの言葉は言われたことあるけど、はっきり“好き”って単語を言われたのは初めてだ。


それに加え、急に今まで言われてきた事が現実味を帯びて恥ずかしさも倍増。


どういう反応したらいいのかもわからなくて、口をパクパク動かすしか出来ない。



私はこんな動揺してるのに、言った張本人の皐月は至って普通。涼しい顔をしてる。


私が固まってるのに気付くと、「ん?どうした?」と甘い声で言う始末。


からかおうとして言ったわけでもなさそうだ。
かと言って、告白しようとか、そういう意図があったわけでもなさそう……


ってことは、意外にただの天然?
よくこんなことをさらっと言えるよね…全く。


一人で反応して馬鹿みたい。
いちいち気にしてたら埒があかない。


私は気を取り直して料理を再開しようと、コンロのスイッチを捻った。



ボッと音を鳴らして火が着く。


その瞬間、コンロの火が私の記憶を呼び起こすように視界いっぱいに入ってきて、ドクンッと心臓が大きく揺れた。



「っっ、…」



あの日の夜の惨事が……


走馬灯のように頭の中を駆け巡った。





< 91 / 286 >

この作品をシェア

pagetop