落ちてきた天使
ーーー目を覚ますと、部屋はすでに灰色の煙に覆われていた。


慌てて口を抑えて廊下に出ると、火はもうすぐそこまで来ていて、『きゃあっ!』と叫びながら尻もちをついた。



熱い……怖い……
動けなかった。立とうとしても足に力が入らない。



『お父さん、お母さん…助けて……』



震える声で何とか叫ぶと、『彩…』と力ない声が聞こえてハッとした。


お父さん達の寝室のドアが開いてる。


這いながら部屋の前まで行くと、中の状況に目を見張った。


燃え上がるベッド。
倒れたタンスや剥がれ落ちた天井。


その下敷きになったお父さんとお母さん。



『お父さん!お母さん!』



私が叫ぶと、お母さんが微かに口を“彩”と動かした。でも、声は聞こえない。


業火の音で掻き消されたわけじゃなく、お母さんにはもう声を出す力が残ってなかった。



『彩!逃げなさい!早く!』



呆然とする私に、お父さんが叫んだ。



『そんなこと出来ない……二人を置いて行けないよ』

『駄目だ!お父さん達は大丈夫だから』

『嫌!私もここにいる!』



その時、階段から数人の消防隊員が上がってきて私を見つけた。


『大丈夫ですか⁉︎』と駆け寄ってくると、私はその腕にしがみついて『お父さんとお母さんがっ…』と訴えた。


すぐに消防隊員がお父さん達の元へ行くも、倒れたタンスや天井はビクともしない。



『お願いします!娘を先に助けて下さい‼︎』



お父さんが必死に叫ぶ。



『さぁ、行きましょう。お父さん達は必ず助けますから!』



消防隊員が私を半ば無理矢理担いだと同時に、柱が崩れて寝室のドアは塞がれてしまった。


勢いを増す炎が、お父さん達に迫る。



『お父さん‼︎お母さん‼︎』



柱と火の微かな隙間から二人の顔が見える。


私は駆け寄りたくて、消防隊員の腕を振り払おうと暴れるも全く振り払えない。



『彩。聞いておくれ』



離して!お父さんの所へ行かせて!と泣き叫ぶ声の間に、今にも絶えそうなお父さんの声がはっきりと耳に届いた。



『お父さんもお母さんも…彩に出会えて……彩が娘で…幸せだった』

『おとう、さ……』

『大好きだよ……幸せに……いつまでも、笑顔で……』



お父さんの言葉は最後まで聞こえなかった。
寝室は炎に包まれて…


私は、消防隊員によって救出された。




最後に見たのは、お父さんとお母さんのいつもの優しい笑顔だったーーー。




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